1954年大映作品。

 つくづく50年代の日本映画って凄かったんだなあと思う。

 1951年『羅生門』(黒澤明)    ・・・ヴェネツィア国際映画祭グランプリ
 1952年『西鶴一代女』(溝口健二) ・・・ヴェネツィア国際映画祭監督賞
 1953年『生きる』(黒澤明)    ・・・ベルリン国際映画祭ベルリン市政府特別賞
 1953年『雨月物語』(溝口健二)  ・・・ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞
 1954年『地獄門』(衣笠貞之助)  ・・・カンヌ国際映画祭グランプリ
 1954年『山椒大夫』(溝口健二)  ・・・ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞
 1954年『七人の侍』(黒澤明)   ・・・ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞
 1954年『二十四の瞳』(木下恵介) ・・・ゴールデングローブ賞外国語映画賞
 1956年『ビルマの竪琴』(市川昆) ・・・ヴェネツィア国際映画祭サン・ジョルジオ賞
 1958年『無法松の一生』(稲垣浩) ・・・ヴェネツィア国際映画祭グランプリ

 あまり有名でない国際賞など含め抜けているものがあると思うが、まったく凄い勢いである。海外の賞を受賞すること=傑作、と素直に認めるのもどうかと思うが(例えば小津安二郎は現在の国際的評価の高さを考えると信じられないくらいこうした賞とは無縁であった)、50年代こそ日本映画の黄金期だったのは間違いない。
 特にヴェネツィアでの評価が高いのはなんか理由があるのだろうか?
 このうち、『羅生門』『雨月物語』『山椒大夫』の3本を宮川一夫が撮影している。本当にすごいカメラマンがいたもんだ。(宮川一夫は99年に亡くなっている)

 このブログでも取り上げた『祇園囃子』『赤線地帯』同様、『近松物語』もまた溝口-宮川コンビによるものである。悪いわけがない。
 どころか、水も漏らさぬ傑作である。
 演出、構成、撮影、演技、美術、音楽、脚本(セリフ)、編集、叙情性、ドラマ性・・・どれをとっても非の打ちどころがない。

 ブログを初めて以来、初の「A+」の誕生である。(溝口作品は『西鶴一代女』がA+、『雨月物語』『山椒大夫』はA-)

 ときに、溝口健二は日本のヴィスコンティなんだと思う。いや、ヴィスコンティがイタリアの溝口健二なのか。
 テーマや作風、スタイルが似ているというのではなく、監督としての映画への向き合い方、風格のようなもののことを言っている。妥協を許さぬ完全主義、本物にこだわる貴族主義、大時代的な(歌舞伎っぽい、オペラっぽい)演出を好むところ(とくに俯瞰にあらわれる)、何より芸術家としての揺るぎない矜持。ミラノの貴族であったヴィスコンティはヴェネツィアびいきであったけれど、ヴェネツィアと溝口作品の相性の良さはもしかしたら、この二人の相似にあるのかもしれない。
 あるいは、溝口作品にときおり印象的・象徴的に出てくる水のシーンのすばらしさがヴェネツィアンのプライドをくすぐるのだろうか。
 この作品でも、物語の重要な場面で水が出てくる。不義密通を疑われて屋敷から逃げるおさん(香川京子)と茂兵衛(長谷川一夫)が湿地を横切るシーン。素性がばれて宿から逃げる二人が手を取り合って湖岸をゆくシーン。心中を決意した二人が舟上で愛を確認するシーン。
 生きがたい浮き世から主人公が逃避する場面で、溝口はいつも水を用意する。『雨月物語』でも、妖魔にたぶらかされた主人公が、夫の帰りを故郷で待つ妻を忘れて湖水で遊ぶ圧倒的に美しいシーンがある。
 現実を忘れさせ、夢と幻想の世界に旅人を誘うヴェネツィアの魔力と、溝口作品には通じるものがあるのだろう。

 素晴らしい『第九交響曲』の演奏は、指揮者の名前よりベートーベンの凄さを再認識させる。感動的な『リア王』は演出家や俳優の名前よりシェークスピアの偉大さを再認識させる。同様に、この映画も見ているうちに次第に溝口健二の名前が薄れていって、近松門左衛門の息吹が肌身で感じられてくる。
 その中で、まぎれもない溝口印がありありと浮かび上がってきたシーンがどこかといえば、湖での心中シーンである。
 舟から一緒に飛び込むつもりで、茂平衛はおさんの足を縛る。「いまわの際だから許されましょう」と茂平衛はおさんに忍び恋を打ち明ける。とたんに、死ぬ覚悟を決めていたおさんが「生」へと立ち戻るのである。
 「わたしは死にたくない。」
 茂平衛に抱きつくおさん。戸惑う茂平衛。絡み合う二人をのせて、小舟は行方も知らぬ方へと漂流していく。(ここのところのカメラワークは本当に巧い!)

 男に愛されていることを知った瞬間に、「生」へとベクトルを逆転させる女の性(さが)。
 これを溝口は描きたかったんだろうなあ。

 女の溝口、男の黒澤か。



評価: A+

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!