2010年アメリカ映画。
言わずと知れたシェイクスピアのラストメッセージTHE TEMPEST(嵐)の映画化である。
いまや映像芸術はCG全盛の時代であるが、CGの効果がもっとも生かされるジャンルはファンタジーではないだろうか。
もちろん、SFやホラーや戦闘ものもCG技術の向上によって多大なる恩恵にあずかった。スーパーノヴァの爆風に宇宙空間を木の葉のように錐揉みしていく宇宙船だろが、人間の内臓を喰らう見るも恐ろしいグロテスクな怪物だろうが、何万という兵士たちが大草原を兜と旗の色とで塗り替えていくシーンだろうが、CGを使えば簡単に低予算で実現できる。今や、人の頭の中で想像するもので作れない映像はないと言っても過言ではないだろう。
SFやホラーや戦闘ものが多かれ少なかれ物語を語るためにCGを利用するのにくらべ、ファンタジーというジャンルは物語もあるにはあるが、非日常的な夢のような魔法のような現象が目の前におきているという、まさにそのこと自体に特徴があり魅力がある。つまり、夢のような魔法のような視覚体験を紡ぎだすことがファンタジーの使命である。
であるから、CGはファンタジーというジャンルにおいて、その進歩のほどを存分に発揮できると思うのである。
シェイクスピアのあまたある作品中、もっともファンタジー色の強いのは『真夏の世の夢』と『テンペスト』であろう。とくに、主役のプロスペローが縦横無尽に魔法を使う『テンペスト』こそ、CGによる映像化が待ち望まれていたと言ってよい。
そんなわけで、期待大でレンタルした。
さて、CGによる映像そのものは可もなく不可もなく、「まあ、こんなところかなあ」という仕上がりである。なかなか『ザ・セル』(ターセム監督)レベルの映像表現はお目にかかれない。
面白いと思ったのは、主役のプロスペローを原作の男から女へと変更している点である。
ミラノの王であったプロスペローは、実の弟とそれにつるんだナポリ王たちの陰謀により失脚し、3歳の娘ミランダともども、島流しの憂き目にあう。辿り着いた島で、臥薪嘗胆、魔術の腕を磨きながら復讐の時を待つ。12年後、島の近くを仇の男たちが船で通り過ぎる。ついに、そのときがやってきた。プロスペローは船を遭難させるべく、魔術を使って嵐を巻き起こす。
プロスペローを演じるは、イギリスの誇る名女優ヘレン・ミレン。エリザベス二世を演じた『クイーン』(スティーブン・フリアーズ監督、2006年)で主演女優賞を総なめにしたのが記憶に新しい。
現代でも、イギリスで名役者と言われる条件は変わらない。シェイクスピアを演じられることである。ヘレン・ミレンは、見事にシェイクスピアの古めかしくて、長くて、難しいセリフを自分のものにしている。その上、原作では男であり王であり父親であるプロスペローを、女として女王として母親としてリアリティもってつくりかえて、まったく不自然を感じさせない。さすがである。
この女プロスペローを見ていて、たくまず思い起こしたのはモーツァルトのオペラ『魔笛』に出てくる夜の女王であった。崖の上で魔法の杖を振り回し、仇の男たちの乗る船に向かって雄叫びを上げるミレンのプロスペローは、まさにコロラトゥーラでザラストロを罵倒する夜の女王そのものである。自然と両者の比較してしまうのである。
『魔笛』は、父権社会の象徴たるザラストロと、母権社会の象徴たる夜の女王が、二人の間にできた娘パミーナを取り合っていがみあうストーリーである。パミーナの肖像に一目惚れした若者タミーノは、ザラストロに誘拐されたパミーナを助けるよう夜の女王に頼まれる。取り戻せば、娘はお前のものと約束を得て。
若者はザラストロのところへと向かうが、どうやら悪いのはザラストロではなく夜の女王の方であると知る。何かの教団の長であるザラストロは、パミーナを求めるタミーノに試練を与える。その試練に耐え抜き合格したタミーノは、晴れて教団の一員として認められ、パミーナを得る。
単純に言えば、青年が通過儀礼を乗り越えて男社会(父権社会)の一員となって恋する女を獲得する物語である。(こうダイジェストするとミもフタもないな~)
自分が『魔笛』をその素晴らしい音楽にもかかわらず、どうも好きになれない、とくに途中からつまらないと思ってしまうのは、このストーリー構造が気に入らないからである。ザラストロより夜の女王の方が数段魅力的である。(与えられている歌の点でも)
ザラストロを長とする教団とは、モーツァルトが入会していたというフリーメーソンだという説がある。そうなのかもしれない。ただ、それを超えて、このストーリーは父権社会の構造を「よし」とする圧力が全編みなぎっている。
『テンペスト』でも、これとよく似た仕掛けが見られる。
ナポリの王子であるファーディナンドは、遭難したあと、島で出会ったプロスペローの娘ミランダに一目惚れする。しかし、ミランダを手に入れるためにはプロスペローから与えられた試練を乗り越えなければならない。最終的には、無事試練を潜り抜け、ミランダの手をとることを許される。
プロスペローを男から女へと変えたことによって、ジュリー・テイモア監督とヘレン・ミレンは、この作品に新しい視点をもたらした。
男たちの陰謀によって娘ともども島流しにあい、男たちへの復讐を誓いつつ魔法の腕を磨き、雌伏12年、ついに男たちに報復する機会を得た女プロスペローの「男社会への闘い」の物語と読めるのである。(「雌伏」とは、まさにメスが伏せることだなあ。)
その文脈では、王子ファーディナンドの受ける試練の意味も変わってくる。『魔笛』とは逆に、若者に試練を施し、若者が一人前になったと承認するのは娘の母親なのであるから。
女プロスペローにとっては、自分の大切な娘を、自分を虐げた男社会の一員であり、やがてはそれを継ぐことになる青年に、そのままの形で託したくないに違いない。だから、彼女が青年に与える試練は、「男社会の一員たれ」というものではないと想定される。
さしものシェイクスピアもモーツァルトもこんな展開が有りうるとは予想しなかったであろう。
評価: C+
A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。
「東京物語」「2001年宇宙の旅」
A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
「スティング」「フライング・ハイ」
「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
ヒッチコックの作品たち
B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」
B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」
「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
「ボーイズ・ドント・クライ」
チャップリンの作品たち
C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
「アナコンダ」
C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」
D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」
D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!