2008年フランス映画。

 世の中で一番大変な仕事ってなんだろう?
 と考えた時、最初に上がってくるのは「学校の先生」である。

 他にも大変な仕事はたくさんある。
 例えば、自分が今やっている「介護の仕事」も4K(きつい、きたない、危険、給料が安い)などと言われ、「介護やってます」と人に言うと、たいてい「大変ですねえ」と同情されるか、「偉いですねえ」と変に感心される。
 ノルマを課せられる営業マンも大変だ。はじめて会う人と話すのが苦手で、自分自身が必要としてない物を他人に売りつけることのできない自分は、営業マンだけは続かないと思う。
 警視庁捜査一課(いわゆる殺人課)の仕事も大変だろう。実体はよく知らないが、家族との触れ合いもままならぬほど多忙で、死の危険と隣り合わせの仕事というイメージがある。
 人気稼業で、明日の我が身も知れない芸能や芸術の仕事も大変だ。安定性に欠けるという点では最たるものだろう。この分野の苦労人としてすぐに頭に浮かぶのは、トシちゃんこと田原俊彦である。頂点から真っ逆さまに転落した軌跡は、小室哲哉をのぞいて誰の追随も許さない。でも、今もしっかり芸能界に生き残っているわけだから、一度名が売れてしまえば、なんとかしのげるのがこの世界かもしれない。

 と、いろいろ大変な仕事はあるけれど、現代日本において言えば、学校の先生ほど心労の多い職業はないと思う。
 「でもしか教師」などと言われた昔、教師はそこそこ教育を受けた誰でもできるラクな稼業の代表であった。「でもしか」とは、他にできる仕事がないから、「教師でもやるか」「教師しかできない」という意味である。
 「先生」が無条件に偉くて、体罰も当たり前で、生徒や父兄が学校や先生に頭が上がらなかった時代は、教師ほど肩の凝らない仕事はなかったと思う。教え子のたくさんいる地域で威張っていられ、お中元やお歳暮は貰い放題、しかも有給の長期休暇がついている。進学より就職が多かった時代は、進路指導や学力アップに頭を悩ます必要もなかった。


 時代は変わった。 

 以前、ボランティアで、ある県の小学校にエイズの話をしに行ったことがある。
 その日は授業参観にあたっていて、教室の後ろには自分より一回りほど若い父兄が並んでいた。
 普段どんなに騒がしい教室でも、授業参観日ともなれば静かな張りつめた空気が支配し、生徒達は猫をかぶったように大人しくなるのが、自分のティーン時代の記憶である。
 まったくそんな記憶は裏切られた。
 生徒達は、授業が始まっても私語を止めない、自分の席から離れて室内を歩き回る者もいる。教室というより動物園に近い。これが授業参観日の風景ならば、普段はどんなだろう? 
(なるほど、これが学級崩壊か・・・)
と、納得したものである。
 だが、驚いたのは生徒のことではなかった。
 教室の後ろにいる父兄の様子である。
 ヒョウ柄のジャージ姿の親がいる。知り合いを見つけたのかその場でおしゃべりする親がいる。教室から勝手にベランダに出て横の窓から自分の子供に話しかける親がいる。挙げ句の果てに、机と机の間を前に進み出て自分の子供を写メで撮る親がいる。
 この親あっての、この子か・・・。
 これじゃ、学校の先生が心を病むのも無理ないよな~、と呼んでくれた先生に同情しつつ学校をあとにしたのであった。

 この映画に出てくるフランスの中学校の風景も日本と変わらない。基本的な礼儀も言葉遣いも身についていない、口ばかり達者な幼稚園児のようなティーン達。勉強を教えるはるか手前のところで、教師は立ち往生する。
 (いずこも同じか・・・)
 しかも、フランスは移民の国である。パリでは6人に1人が移民だという。クラス内には、アラブ系、アフリカ系、アジア系、ラテン系、と様々な出自と風采を持つ子供たちが机を並べている。まさに、人種のるつぼ。文法を教えるための例文一つ板書するにも、「なぜ先生はいつも白人の名前ばかり例文に使うのですか?」とアフリカ系の生徒から突っこみが入る。
 担任教師フランソワの後頭部が禿げるのも無理はない。(演じるフランソワ・ベゴドーは、原作者にして元教師である。)


 一つの伝統、一つの文化背景、一つの宗教、一つの価値観を共有する一つの民族において、世代から世代へものを伝えるのは簡単である。例えば、北朝鮮を見ればよい。日本も国際的に見ればこちらに近いだろう。
 しかし、様々な伝統、様々な文化背景、様々な宗教、様々な価値観を有する様々な民族からなる集団において、いったい大人は子供に何を伝えればいいのだろうか? そこでもっとも力のある、一つの主流の価値観(この映画で言えばフランス流の)を伝えるべきか。すなわち移民の子をフランス人として「洗脳する」のが良いのだろうか?
 確かに、フランスで生きていく以上、社会でそれなりに快適に暮らしたいのであれば、万事フランス流を身につけるのが得策である。
 しかし、自由と平等と人権を誇りにする国で、それは強要できるものではない。

 24人の生徒と1人の教師が生活するこの教室に見られるジレンマは、近代の個人主義的民主主義国家において、多様な価値観や文化を持つ他者同士が、いかなるルールの下で「共に生きていく」かを模索する、興味深い、今まさに継続中の実験なのである。

 フランソワが一年を通して生徒達に課したのは、「自分の言葉で、自分を他者に紹介すること」であった。
 なるほど、それが最初の一歩なのかもしれない。
 
 常に教室は社会の縮図である。
 いかなる政治家よりも、「学校の先生」は現象を先取りしている。

 この作品は2008年のカンヌ国際映画祭でパルム・ドール(大賞)を獲っている。




評価: B-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!