9月9日(日)晴れ
●タイムスケジュール
06:14 武蔵五日市駅着
06:22 払沢ノ滝行きバス乗車(西東京バス)06:45 払沢ノ滝停留所下車
歩行開始
払沢ノ滝(30分滞在)
07:35 浅間嶺登り口
08:30 時坂峠、峠の茶屋
09:40 浅間嶺頂上着
昼食
10:40 下山開始
人里峠~藤原峠13:00 仲の平分岐
13:35 仲の平バス停着
13:45 数馬の湯「檜原温泉センター」
歩行終了
15:02 温泉センターバス停より乗車
16:00 武蔵五日市駅着
●所要時間 7時間(歩行時間5時間+休憩時間2時間)
数馬は東京の最西端、檜原村に位置する。僻地ではあるが、都民の森、三頭山、奥多摩湖、それに温泉があるので、休日や紅葉時期には山歩き客で賑わう。
バスで奥へと向かっていくと、僻地ならではの変わった地名(読み方)が出てきて面白い。
畔荷田(くろにた)
人里(へんぼり)
笛吹(うすしき)
下除毛(しもよけ)
人里(へんぼり)がとりわけユニークである。
このあたりは、古墳時代に大陸からの渡来人系の集団が移住したと考えられていて、「人里(へんぼり)」の名前の由来は、「フン」「ボル」(モンゴル語で人間を意味する「フン」と、新羅語で集落を意味する「ボル」)が訛ったものではないかとの説がある。
なんとなくピンと来ない説である。私見であるが、朝鮮語で「幸せ」のことを「ヘンボ」と言う。ここに住み着いた渡来人たちは、自分たちのつくった村を「しあわせの村(里)」と名づけたのではないだろうか? 「へんぼり」という地名(音)が最初にあって、あとから漢字を当てたと見るのが普通だろう。なぜ、「へんぼ」に「人」を当てたのかが不思議である。ここが人の住む最西端であるということを表したのかもしれない。ここから先は確かに「人里」離れた未開の地だったのだろう。 数馬へと分け入っていく檜原街道の左手に笹尾根、右手に浅間尾根が長々と横たわっている。どちらも峠から峠へとたどる稜線歩きが楽しめる。
今日の予定は笹尾根であったが、武蔵五日市の駅を降りたら、午前中に檜原街道で自転車レースが開催されるとかで、数馬へ向かう一番バスは途中の払沢ノ滝までの運行となっていた。
仕方がないので、予定変更し、払沢ノ滝から浅間嶺を目指す浅間尾根コースに行くことにした。3年前に登っているけれど、そのときは曇りで、山の名前の由来となった「浅間」すなわち富士山は望めなかった。今日は快晴、見えるかもしれない。 払沢ノ滝は「日本の滝100選」に選ばれた東京都ではただ一つの滝である。4段の滝で、1段目の落差が26m、全段で全長60m。その形状が僧侶の払子(ほっす)を垂らした様に似ていることから、かつては払子の滝と呼ばれていた。
バス停から滝へと続く沢沿いの小道が、なんとも気持ちよい。とくに今日は朝早いので、大気の新鮮なことこの上ない。人もいない。早起きして来た甲斐があった。途中にある郵便局らしき木造の建物が、周囲の緑と調和してこれまた粋である。
この流れは、そのまま地域の人の飲み水になっているくらいきれいである。東京にもこんなところがあるのだ。水の旨さと来たら、えも言われない。
滝壺で深呼吸とヨガ、しばらく瞑想する。
30分ほどしたら、釣り人がやってきた。

浅間嶺を目指す。
かなり高いところまで民家がぽつぽつとある。眺望や静かさはいいけれど、買い物や通院や子供の登下校や通勤(農業ならまだしも)には不便だろうに・・・。
「かくてもあられけるよ。(現代語訳:「人はこういうふうにしても住むことができるものだなあ~)」
昔習った『徒然草』の中の文句が口をつく。
時坂峠の「峠の茶屋」のベンチで一服。あとから鈴を鳴らして登ってきた60代くらいの男性と挨拶する。
沢沿いの木暗い道をゆるやかに登っていく。冷気が心地よい。
整然と植林された杉の連なるつづら折りをひたすら登る。
展望台(山頂)に到着!

おお、富士山が見える!
3年前のかたきは取った。ざまあみろ。(ってはしゃぐほどのことか) 展望台から少し下りたところに広い休憩所がある。芝の植えられた円形広場を取り囲んで、ベンチや東屋が並んでいる。ここで早い昼食にする。
ここまで出会ったのは、さきほどの男性とカップル一組。やはり朝早いからか。
思えば、昨夜は目が冴えて2時間しか眠れていない。30分ほどベンチに寝転がって仮眠する。
さて、これからが楽しい尾根歩きである。
浅間嶺から人里峠、一本松、藤原峠、檜原街道へと下る仲の平分岐までの標高900メートル、距離にして5キロほどの尾根歩き。
と言っても、道は尾根のてっぺんを外して風をよけるようにコブを巻いてうねっている。周囲の杉の木立が高いので、残念ながら眺望はたまに木立が切れる場所でしか得られない。 でも、そのおかげで9月にしてなお凄まじい日射から身が守られる。5キロめいっぱい直射日光にさらされ続けたら、身が持たないだろう。
峠のあたりでは木々を抜ける風の気持ちよさに陶然とする。
時刻は正午。
真っ昼間は鳥も鳴かない。なぜか蝉も鳴かない。遠くからかすかに響いてくる車の往来と、木々のざわめきと、ぶんぶんと周囲を飛び交う羽虫たち。
平和な時代に平和な日本に生まれて、五体満足で、山登りできるだけの知力と体力と経済力と休日と暇とに恵まれて、「へんぼ」な身の上に感謝せずにはいられない。
あと何年、登れるだろうか?
あといくつ、山を歩けるだろうか? 峠道らしく、その昔旅人が道中の安全を願った石仏があちこちに見られる。
いつだって人々は「へんぼ」を願って生きてきたのだ。
仲ノ平分岐から一挙に下山する。
わずか30分で檜原街道に降り立つ、ほぼ直線に近い急降下である。
ここでステッキが役立つ。
数馬の湯・檜原温泉センターに入って、生ビールを飲んで、檜原特産じゃがいもの味噌づけを食べて、一日の行程を振り返る。
へんぼ、へんぼ!
