からゆきさん(唐行きさん)とは、19世紀後半に、東アジア・東南アジアに渡って、娼婦として働いた日本人女性のこと。長崎県島原半島・熊本県天草諸島出身の女性が多く、その海外渡航には斡旋業者(女衒)が介在していた。「唐」は、ばくぜんと「外国」を指す言葉である。(ウィキペディア「からゆきさん」より)
この映画は、明治時代にからゆきさんとしてボルネオのサンダカンという街に連れて行かれ、少女時代・青春時代を娼婦として生きた実在の女性の話をもとに作られている。「八番娼館」とは一番から数えて八番目ということであるから、当時相当数の少女が売られ、相当数の娼館が現地にはあったのだろう。
からゆきさん時代の北川サキの役を高橋洋子が体当たりで演じている。
賞讃に値する演技である。
が、時代が明治・大正から昭和に移り、今や老女となった北川サキを演じる田中絹代の演技が圧倒的に素晴らしいので、どうしても観る者の目は「過去の生々しい悲惨な物語」よりも「現在の穏やかだけれど濃密な時間」に向いてしまう。筆舌に尽くしがたい悲惨な過去を背負って生きている老女の姿に、その喜怒哀楽の表情、話しぶり、立ち居ふるまい、歩く姿、横に寝ころぶ姿、田中絹代の演技のすべてに魅了される。田中絹代と北川サキが一心同体のように思える。
日本一の映画女優、田中絹代の最終的に達した高みがここにある。
それは、つまり、日本映画の最高の演技ということである。
からゆきさんのことを本にしようと目論み、北川サキの家におしかけ同居する女性史研究家、三谷圭子の役を20代の栗原小巻が演じている。
こちらも魅力的である。演技の巧さもあるが、何より匂い立つような美しさに心を許してしまう。
「クリームみたいな石けん♪花王石鹸ホワイト」
栗原小巻の昔出ていたCMソングが頭にリフレインする。
こんな品が良くて女らしく、心ばえ良く、凛として、清潔感のある女優が当節いなくなったな~とつくづく思う。そういう日本女性がいなくなったのか・・・。
もう一人忘れちゃいけないのは、ターキーこと水の江滝子である。
はっきり言って、この人の演技を上手いとは思わない。セリフなんか棒読みに近い感じである。
しかし、貫禄が違う。
かつて「からゆきさん」のはしりとしてサンダカンで体を売り、今はサンダカンの若い娼婦達から「お母さん」と頼りにされる娼館の女将おキクを、スター役者の圧倒的貫禄と存在感だけをもって演じきっている。お見事!
年老いた北川サキから昔の話を聞き出そうとする三谷圭子は、結局半月あまりもサキの家に居候することになる。日に日にサキと親しくなり、信頼を得て、ついにはサキの過去を聞くことに成功する。
自分の正体をいっさい語らない三谷を、サキは最初から信用して家に泊め、貧しいながらも精一杯もてなす。三谷がどこのだれで、何の仕事をしているか、なぜ女一人の身で天草くんだりまでやってきたのか。なぜサキに興味を持つのか。サキはいっこうに尋ねようとしない。
一通り取材し終えて別れの日が来た時、三谷はサキに問いかける。
「なぜ、どこの馬の骨ともわからない私を三週間も家に泊めてくださったんですか。私がどういう身元の女だか、それを知りたいと思わなかったんですか。」
サキは答える。
「そりゃあ、どんなに知りたかったことか。でも、人にはその人その人の都合がある。話してよいことなら、わざわざ聞かなくても自分から話している。でも、当人が言えんことを、他人の私がどうして聞いてよいものかね。」
このセリフは、まさに過去のある人間だから、過去を探られることの痛みが分かる人間だからこそ言えるセリフである。
この映画では語られていないが、若いサキ(高橋洋子)と老いたサキ(田中絹代)の間にある人生半ばのサキが、そのどこかで、自ら受けた深い傷を他者への思いやりへと転換させる契機を持ったことを知らしめるセリフである。
だからこそ、老いたサキの笑顔はすがすがしいまでに慈悲深いのである。
自分の過去や思い出を、例えば初対面の他人に堂々と語れる人は幸せな人である。隠しておきたいことや触れてほしくないことを持っていない人は、陽気で天真爛漫に振る舞える。子供のように。
だが人は長ずるに及んで、他人には簡単には言えないことを持つようになる。
あるいは、当人が話せても(話したくとも)、聞く側の気持ちに配慮して話さないでいることもある。「相手を混乱させるだけ」「場をシラケさせるだけ」「話しても通じそうにない」等々。
そうして、本当に語られるべきことが語られずに、人と人との関係が上っ面のまま流れていくのが日常なのかもしれない。
あるいは、好奇心からの、考え無しの‘無邪気な’質問が、人の心を閉ざしてしまうこともある。
「いや、自分にはもとより差別や偏見はない。相手を理解したいからこそ聞くのだ。」と言う人もいるだろう。
だが、相手を理解したいと思えばこその問いかけも、当の相手が「この人には別に理解してほしくない」と思っているとしたら、その問いかけは相手にとって単なる領海侵犯に過ぎない。
相手のことを聞くというのは、かくも繊細な、かくも想像力と思いやりを要する、大人の技芸なのである。
(こんなことが分かるまでに50年近くもかかるとは・・・・!)
評価:A-
A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。
「東京物語」「2001年宇宙の旅」
A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
「スティング」「フライング・ハイ」
「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
ヒッチコックの作品たち
B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」
B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」
「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
「ボーイズ・ドント・クライ」
チャップリンの作品たち
C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
「アナコンダ」
C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」
D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」
D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!