八丁湯は「日本秘湯を守る会」が発行する冊子『日本の秘湯』に載っている。通人が選ぶ秘湯中の秘湯にして名湯である。実際、この冊子に載っているいくつかの温泉に足を運んだが(東北が多い)、どこも大自然の中にあるパワーあふれるリフレッシュ効果抜群の温泉ばかりであった。他の温泉、とりわけ観光地化された温泉とは一味も二味も違う神秘的な威力を感じることができる。
介護の仕事に転職して半年経ったご褒美に、栃木県日光市の山奥にあるこの名湯と、日本で最も高い高層湿原である鬼怒沼に行くことにした。
一日目(10/26) 曇り時々晴れ、夜一時雨
●タイムスケジュール
12:38 鬼怒川温泉駅着
13:15 日光市営バス乗車
14:50 女夫渕(めおとぶち)着
15:00 歩行開始
16:30 八丁湯着
鬼怒川温泉駅の周辺はまだ紅葉していない。駅前のコンビニ&カフェのやたらと元気のいいおばちゃんの話では、山の上は「今が見頃」とのこと。期待しつつ奥鬼怒へ向かう市営バスに乗る。
バスの運転手の饒舌な観光ガイドを聞きながら、ホテルの建ち並ぶ鬼怒川の雑駁な町を通り過ぎる。幹線道路沿いの閉鎖した旅館の前に捨てられている粗大ゴミの山が興醒めである。
「なんとかしろよ~」
山の奥へと向かうほどに周囲の木々が紅葉していく。窓外から一時も目が離せない。 終点の女夫渕を降りると、壮麗な紅葉の谷間の底を鬼怒川が走っている絶景にしびれる。谷間の鉄橋の上からは、川岸に設けられた露天風呂に浸かっている裸の男女の姿が小さく見えた。なんかデバ亀の気分・・・。

八丁湯の旧住所は塩谷郡栗山村、2006年に合併されて今は日光市の一部となった。昔は女夫渕から1時間半の山道を歩いていくしかないランプの宿だったのだが、林道ができて女夫渕から旅館の送迎バスが出ている。今日もバスが迎えに来ていたのだが、やはりはるばる歩いて辿り着いてこその秘湯である。迷わず「歩いていきます」と宣言する。
山道は最初のうちこそきつい上り下りが続くが、鬼怒川にかかった大きな吊り橋を渡ると、川沿いの平坦な道となる。紅葉と清流を愛でながらの気持ちのいいウォーキング。気分がいい時の癖で、オペラのアリアが口をついて出る。
きっかり90分で八丁湯到着。

鬼怒川のほとり、きれいなログハウスの立ち並ぶ気持ちのいい施設である。玄関前の二本のもみじの紅と黄色の鮮やかなる協奏に遠路の疲れも吹き飛ぶ。
宿帳を書きながら「日本秘湯を守る会」の提灯を確認する。
案内された部屋は、川に一番近いログハウス。広くて清潔であたたかみがあり、窓からの眺めは言うことなし。「おひとりさま」で使うとは、この上ない贅沢である。
一服して露天風呂に直行。
ここの露天の素晴らしさは、目の前の山肌を落ちる滝を見ながらお湯に浸かれるところである。滝壺の真上に温泉があるのだ。気持ちよくないわけがない。泉質は無色透明の単純泉、源泉温度53度、湯ノ花が浮き沈みし、軽く硫黄臭の漂うやわらかいお湯である。だが、このお湯の力強さの前では泉質がどうのこうなんて関係ない。入った瞬間に「ああ!」と思わず声が出る凄さである。一瞬にして、心と体が別次元に運ばれる。この瞬間のためだけでも来た甲斐があった。

旅館に着いた時曇っていた空は、夜に崩れて雨となった。
明日は山登り。どうだろうか?
二日目(10/27) 曇り一時晴れ
●タイムスケジュール
07:45 八丁湯出発
歩行スタート
08:45 オロオソロシの滝展望台
10:10 鬼怒沼湿原着
休憩(40分)
11:30 鬼怒沼湿原出発
12:30 オロオソロシの滝展望台
13:30 加仁湯着
露天に浸かる(30分)
14:15 八丁湯着
歩行終了
●所要時間 6時間30分(歩行時間5時間+休憩時間90分)
5時半起床。瞑想して朝風呂に浸かる。
朝食を済ませチェックアウト。
曇っている、というより靄(もや)が立ち籠めている。途中、降るかもしれないのでレインウェアをつなぎの上に着る。準備体操をして、いざ出発!
鬼怒川を遡って加仁湯(かにゆ)、日光温泉を過ぎて登山道につく。いよいよ靄が濃くなってゆく。
川から離れるにつれて登りが険しくなっていくが、思ったほどではない。
八丁湯と鬼怒沼湿原との標高差は726m、これを150分かけて登るのは、東京の高尾山が約400mを90分かけて登るのと比較すれば、たいした急勾配ではない。登山道の入口付近に「遭難者・行方不明者多数。山道をあなどるな。」などという立て看板がいくつも現れるので、ちょっと緊張したのだが、おそらくこれは温泉目当てできた客がハイキング気分で十分な装備もなしに「湿原に行こう」と思い立って痛い目に遭うのを防ぐためだろう。あるいは、本当に危険なのは、急斜面や岩場よりも、湿原ならではの霧なのかもしれない。オロオソロシの滝展望台では、向かいにあるはずの山も滝もまったく見えなかった。 楡、柏などの広葉樹林が、杉やアスナロなどの針葉樹林となって、傾斜が次第に緩やかになっていく。シラビソと笹藪の林に入るとすっかり高原の雰囲気だ。板の歩道が始まって、ゴールの近いことを告げる。
ぱっと視界が開けて鬼怒沼湿原!
と言いたいところだが、林を抜けて現れたのは文字通り五里霧中の湿原であった。木道が5メートル先で消えている。周囲にあるはずの山も、大小250あるという池も白く重たい霧のカーテンに隠れている。グループで来た人々の話し声が近いところから聞こえるが、姿は見えない。
木道を踏み外さないように慎重に歩いていると、まるで夢の中の景色のような、あるいはこの世とあの世の狭間に迷い込んだかのような、不思議な気分がしてくる。幽玄というのだろうか、夢幻というのだろうか。能の舞台としてなら完璧だ。
この木道ははたしてどこに続いているのだろうか。
現世に無事戻って来られるのだろうか。
これはこれで味わい深いけれど、せっかく2時間半登ってきたのだ。やっぱり少しは広大な湿原の爽やかさも味わいたい。
そう思って祈ってみることにした。慈悲の瞑想をして、霧を振り払うようにステッキを空中でぐるぐると回す。
えっ!?
ま、まさか。
5分もするとサーッと霧が晴れてきたのである。




目の前に現れたのは、穏やかな晩秋の湿原の風景。
一面の芝紅葉の中を遠くまで伸びる二筋の木道。
針葉樹の林とその背後に静かに鎮座する紅葉の山々。
地上から天に舞い上がった雲の連なりとその合間からついに顔をのぞかせた秋の遠い青空。
刻々と姿を変える空合いを鏡のように映し出すあちこちのコバルトブルーの池の面が、乾ききった芝紅葉の色合いと見事なコントラストを成しながら、控えめに照り輝いている。
お天道様、ありがとう。これも半年間、糞尿と汗にまみれて頑張ったおかげでせうか?
人影少ない鬼怒沼湿原を逍遙すること80分。
湿原の入口に戻ったとたん、ふたたび霧が後方から押し寄せてきた。
しばらくして振り返るとまたしても湿原は靄の中にかき消えてしまった。

下りは来た道を戻ることもあって気楽。足も軽い。
高度を下げるに連れて靄が晴れてきて、行きは見えなかったオロオソロシの滝がすっかり全貌を現した。
八丁湯からほぼ同時に出発し、途中何度も抜きつ抜かれつしながら歩いてきた中年の夫婦とまたここで一緒になった。お互いの「普段の行いの良さ」を讃え合う。

陽の光のもとに見る紅葉は、燦然たる効果を谷間に生み出している。
誰のためでもなく、人のためでもなく、なぜにこれだけ美しくある必要があるのだろう?
いや、人はなぜこれを「美しい」と感じるのだろう?

行きは通り過ぎた加仁湯に立ち寄って乳白色の露天風呂に浸かる。谷を挟んだ向かいは常緑樹と紅葉からなる色彩のシンフォニー。


すっかりリフレッシュして八丁湯に戻る。
宿の犬たちが尻尾を振って出迎えてくれた。
帰りは宿のバスを利用する。
山の高いところを走る林道から、山々の全景を眺める。
全山燃えるようである。
神の手によって色を配合されたつづれ織りの絨毯。
女夫渕のホテルでカレーうどんを食べる。山間の午後3時はやはり冷える。
バスに揺られながら、もはや窓外の紅葉にも目もくれず、鬼怒川温泉まで惰眠を貪る。
このたびは 幣も取りあえず 手向け山
もみじの錦 神のまにまに (菅家)
