高川山は5年前の冬に登っている。

 多くの山に登ってきたので、一度だけ登った特定の山の名を挙げられて、その印象や登山道のわかりやすさや険しさ、山頂からの風景などを聞かれても、もはや答えることができない。少なくともブログを書く以前については。
 だが、高川山だけは違う。
 圧倒的な好印象と共に記憶に刻まれている。あっという間に山頂に立てる手軽さ(90分)とは不釣り合いなほど見事な360度のパノラマゆえに。
 頂上からの視界がこの山ほど利いている山はほかに知らない。
 大抵の山はある方角だけ(中央線沿いの山の場合は富士山のある方角が)開けていて、他は木々や岩で視界が覆われているのが普通である。陣馬山でも300度はないだろう。草木の生い茂る季節などはもっと見える範囲は狭まってしまう。
 高川山は東西南北すべての方角に見通しが利く。北側で20度ばかり、山頂周囲に立つ木に邪魔されて奥多摩方面の山々(三頭山、鷹ノ巣山など)が立ち位置をずらさないことには見えないのだが、ぐるりを空と山とに囲まれた岩場に立っていると、まるで地球の中心にいるみたいな気分になる。山座同定がこれほど楽しい山はない。
 もちろん、山頂から望む富士山も一度見たら忘れられない美しさ。
 風のない晴天を選んで、冬にこそ登りたい山の一つである。

高川山 001●歩いた日  2月21日(木)

●天気    晴

●タイムスケジュール
 9:30 中央本線・初狩駅
      歩行開始
高川山 002 9:50 男坂・女坂登山口
11:00 高川山頂上
      昼食
12:10 下山開始
13:50 富士急行線・田野倉駅
      歩行終了

●所要時間 4時間20分(歩行2時間50分+休憩1時間30分)

●歩数   16000歩


 初狩駅で降りると、目の前にボリュームたっぷりの山塊が構えている。殿平山、鞍吾山、そして中央線沿線で圧倒的な存在感を誇るマツコデラックス・滝子山である。駅の南東にはこれから登る高川山が冬の朝のやさしい光を浴びて、丸まった猫のようにくつろいでいる。
 我の前に行く人の影なし。我の後に続く人もなし。
 空気は冷たいが、身も心もすっきり。

高川山 004


高川山 006


 前回来た時は、ガイドブックに従い寒場沢コースを取ったが、夏はともかく冬の沢は体を冷やすこと間違いない。今日は女坂コースを取ることにする。男坂コースは落石の危険があると看板にあった。
 道はわかりやすい。傾斜もそれほどきつくない。露出した木の根っこがうまいことにちょうど良い足がかりになってくれる。
 木々の間から見えたゴツゴツした裸の岩山こそ目指す山頂に違いない。
 寒場沢コース、男坂コースからの道と順次合流し、一登りで山頂に立つ。

 見事だ。

 ペイルブルーのケープの裳裾を長く引きずった女王様然とした富士山。
 その両脇に重臣の如く控えるは、半月前に登ったばかりの倉見山と、杓子、鹿留、三ツ峠、御巣鷹の山々。
 そこから幾重にも円をなして貴族たちが女王を取り巻く。
 鶴ヶ鳥屋山、お坊山、滝子山、ハマイバ丸、黒岳、雁ヶ原摺山、権現山、扇山、陣馬・景信・高尾の人気三銃士、旭山、大室山、今倉山、御正体山、石割山・・・。
 バルコニーから顔を覗かせている賓客は、甲斐駒ヶ岳、薬師岳など南アルプスのお歴々。しらが頭が貫禄を感じさせる。
 方位盤の周りを何度もぐるぐる周りながら、一つ一つの山の名前を確かめていく作業に時の経つのを忘れる。

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 山頂には先客がいた。
 富士山を撮影している60代くらいの男性。
 登頂してしばらくすると、残念ながら女王は雲のベールで顔の一部を隠してしまわれた。それが取り払われるのを、岩に腰掛けじっと待っている。
 一方、自分は弁当を広げられる場所、冷たい風のあたらない日当たりの良い岩陰を求めて山頂をウロウロ。岩だらけで平らな場所がない。土が露出しているところは、霜が解けてぐちゃぐちゃ。到底、座れない。
 やっと場所を決めてランチにする。
 はるか下方にゴルフ場が見える。池とグリーンとバンカーと宮殿のように立派な建物と。双眼鏡を覗くと4人の男性がプレイしていた。彼らも休日か。それとも、定年後の第二の人生を楽しんでいるのか。

高川山 022 下りは富士急行線・禾生(かせい)駅に着くルートを選んだ。
 このコースはあまり使われていないらしく、道がよく踏まれていなくて気をつけないと迷いそうになる。しかも、途中で崖崩れがあって5メートル位にわたって登山道が崩れた木の残骸でふさがれていた。
 いったん、道を外れ、崖を下りて迂回する。

 途中の分岐まで来ると、看板がある。

高川山 020


 結局田野倉駅に着くコースにルート変更。
 
高川山 024 山道を抜けて林道に下りて一安心。
 と思ったら、ここでやってしまった。
 アスファルトの表面が凍っていて、二度も滑って尻餅をついた。
 山道の雪よりアスファルトの氷の方がよっぽど危険と知る。アスファルトは表面が平らだから、凍りつくとスケートリンクみたいになるのだ。アイゼンなしの登山靴ではトリプルアクセルもできない。

 民家を抜けると、九鬼山が目の前に現れる。
 山腹を東西にぶち抜いているのは、リニアモーターカーの実験線。東京・大阪を1時間で結ぶ夢の超特急。山道を何時間も歩くのが好きな種族には、まったく理解できない計画である。
 「狭い日本、そんなに急いでどこに行く」は、1973年の交通標語。標語というのは実際上の効果はもたらさないという見本である。

 レトロな西洋風建築の旧尾県(おがた)学校校舎、稲村神社を経て、田野倉駅に着く。

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高川山 029


 大月行き列車の発車3分前であった。
 途中下車して、高尾ふろっぴいで温泉に浸かる。
 フロント横におおきな雛飾りが置かれていた。
 春、近し。

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