1950年イタリア映画。

 聖フランチェスコと言えばアッシジ、アッシジと言えば聖フランチェスコである。

 かれこれ20年になるだろうか。数ヶ月のイタリア旅行の最中に訪れたアッシジの平和で美しい田園風景は今も折に触れて思い出す。
 ローマ(バチカン)、ナポリ(ボンベイ)、シチリア、レッジョ・カラブリア、バーリ、アンコーナと列車で回り、若さに恃んで毎日朝から晩まで重いリュックを背に街を歩き回っては、『地球の歩き方』に載っている観光名所を巡り、有名な教会や美術館や博物館をしらみつぶしに訪ねた。身体の疲れと見知らぬ土地を歩く緊張感とで、南イタリアを脱したときは身も心もクタクタであった。アッシジに向かう列車の中ではグロッキー状態、同じコンパートメントの地元の人に話しかけられても、もはや返事する気力も、イタリア旅行するには欠かせないsimpaticoな(親しみやすい)笑みをつくる余裕すら失われていた。
アッシジ アッシジ駅からオリーブ畑の彼方にこんもりと盛り上がって見えるアッシジの街は、他のイタリアの街とは違う不思議な穏やかさに包まれていた。

 一週間ほど滞在しただろうか。春の喜びをさえずる小鳥たちに囲まれて、城砦のてっぺんの丘に仰向けになり、柔らかな陽光を浴びながら、大理石の家々と教会の塔と周囲に広がるもやに霞む田野を眺めていると、旅の疲れが癒されていくのを実感した。

 この感覚ははじめてではなかった。
 同じような経験を数年前のインド旅行で、ある町に滞在していたときにも感じたのである。
 そう。アッシジはブッダガヤに似ていた。

 アッシジは聖フランチェスコが生まれ育ち、回心し、伝導をはじめた土地である。ブッダガヤは釈迦が菩提樹の下で悟りを開いた土地である。どちらも聖人が誕生した土地で、どちらも喧騒を離れた田舎であり、世界中から巡礼が訪れる信仰の地である。雰囲気が似てくるのは不思議ではないのかもしれない。
 しかし、アッシジの持つ雰囲気は、カトリックの中心たるバチカンや、ミラノの大聖堂をはじめとするイタリアの有名な教会で感じた雰囲気とは質が違っていた。そこには、旅の間、自分を精神的に疲れさせたキリスト教の持つ厳格で他罰的で父性的な空気がなかった。あらゆるものを優しく受け入れるような母性的雰囲気、あえて言うならば「慈悲」の気に満ちていたのである。
 伝記に見る聖フランチェスコもそのような人であったらしい。動物たちと会話するなど、キリストよりブッダに近いような気がする。

 もう一つ。聖フランチェスコと言えば、映画『ブラザーサン、シスタームーン』(フランコ・ゼフィレッリ監督、1972年)である。
 裕福な家に生まれ放蕩三昧の生活を送っていた青年フランチェスコは、戦争で負傷したのをきっかけに回心する。家も財産も家族も世間も捨てて乞食同然の修道生活に入る。理解者は少しずつ増えていくものの、既存の教会組織からの様々な妨害にあう。疑問を抱いたフランチェスコは自らの信仰の正しさを確かめるため、ローマ法王に会いに行く。
 バチカンでローマ法王に謁見する場面は最大のクライマックスである。インノケンティウス3世を演じるアレック・ギネス(『スター・ウォーズ』のオビ=ワン・ケノービ)の抑えた演技が実に素晴らしい。
 ほぼ史実に沿った筋書きだと思うが、ゼフィレッリ監督の男色趣味横溢でフランチェスコ役のイケメン俳優を衆人環視のもと丸裸にしたり、あちこちで端役の美青年をショットで抜いたり、なにかと‘ルネサンス’チックである。
 また、映画が撮られた時代の香りが全編から漂っている。体制への反抗、伝統・権威の否定、腐った大人社会に対する嫌悪と怒り、自然回帰を目指す原始共同体・・・・すなわちヒッピー文化である。
 そういうカラーはあるが、『ブラザーサン、シスタームーン』は心が乾いたときに自分が見る映画の一つで、DVDを所有している数少ない映画である。


 ネオレアリズモの巨匠ロッセリーニは、ローマ法王との謁見によって正式に伝道を認可されたフランチェスコが、故郷に帰ってきたシーンから撮っている。
 つまり、凡人が聖人となるドラマチックな過程ではなく、すでに聖人となったフランチェスコとその仲間たちの貧しくも敬虔な信仰生活の様子をいくつかのエピソード仕立てで描いている。ゼフィレッリとくらべると、実に淡々と、あおらずに、誠実に、ときにユーモラスに。フランチェスコ自身よりも、むしろ弟子たち(「兄弟」というのだろうか)のほうが目立ってさえいる。
 アッシジの草原をみすぼらしい修道服姿で走り回る兄弟たちの姿は、はしゃいでいる子供のように無垢なる喜びに満ち溢れ、軽やかである。

 人が為しうるもっとも美しい生活とはこのようなものかもしれない・・・・と思う。



評価:B+


A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!