2002年香港映画。

 Infernal Affairs とは「地獄の出来事」といった意。原題は「無間道」。
 映画の冒頭、金色の仏像を背景にクレジットタイトルが流れ、続いて以下の文言が浮かび上がる。

涅槃経第19巻
「八大地獄の最たるを無間地獄という。“絶え間無く責め苦にあう”ゆえに、そう呼ばれる。」


 警察学校に同時に入学した二人の優秀な青年。
 一人はヤン(=トニー・レオン)。警察の密偵として、サム率いるマフィアの一味に子分として潜入することになる。
 もう一人はラウ(=アンディ・ラウ)。サムの命を受けてスパイとして警察に入り込んだのである。
 それぞれが潜入先で相応の手柄を立てて出世し、ボスに気に入られ、なくてはならない組織の一員として足場を固めていく。
 警察v.s.マフィアの血で血を洗う壮絶なたたかい。その中で、周囲にばれないように神経を尖らせながら、本来の組織の利益のために情報漏洩に苦心する二人。

 設定の面白さが成功の一因であるのは間違いない。
 携帯電話やモールス信号、インターネットを駆使した情報合戦はスリリングであるし、二人の素性がいつばれるのかというハラハラ感も味わえる。それぞれのボス――サム(=エリック・ツァン)とウォン警視(=アンソニー・ウォン)――の演技も風格と貫禄があって作品に重厚感を与えている。世界的ヒットも、ハリウッド(『ディパーテッド』)や日本(『ダブルフェイス』)でのリメイクも当然と思われる。

 二人の主人公のどちらが無間地獄にいるかと言えば、本当は悪人なのに善人になりすましているラウである。本当は善人なのにマフィアの一味として汚い仕事をこなさなければならないヤンも辛いにゃ辛い。だが、それもマフィアの摘発という、世のため人のため、善なる目的である。自分のやりきれない立場に苦悩するヤンはカウンセリングのお世話になっている。
 一方、善なる仮面をかぶって警察組織の中に入り込み、自分の婚約者にすらも本当の素性を隠しているラウには、良心すらも余計である。そんなものが入り込んだ日には、ラウの仮面は一挙に壊れてしまうだろう。その意味で、ラウが地獄に値する一番の罪は、「自分自身を裏切っていること」に尽きる。
 その矛盾、葛藤を正すために、悪人から善人になるために、最後にラウは自らの本来のボスであるサムを殺して、自分の正体を知る仲間をも殺して、過去を葬る。「本当の」警察官になるために。
 しかし、それでラウは地獄から脱したのだろうか。
 さらなる地獄へと駒を進めただけではないだろうか。

 
 映画の終わりに、冒頭の言葉と呼応するように次の文言が現れる。


仏陀いわく、「無間地獄に死はない。長寿は無間地獄の最大の苦しみなり」

 
 さて、この言葉を本当に仏陀は言ったのだろうか。
 『涅槃経』と言えば、仏陀の最後の旅と涅槃(死)の様子を描いた経典のことであるが、手元にある『ブッダ最後の旅(大般涅槃経)』(中村元訳、岩波文庫)を調べても、このような記述は見当たらない。そもそも19巻などという巻数を持つような大著ではない。
 調べてみると、『涅槃経』には2種類あるらしい。

 仏教経典には編纂された経典と創作された経典がある。
 編纂された経典とは、釈尊が四十五年間に遊行先で説法したものを、釈尊の死後、弟子たちが編集したものを言う。
 ・・・・・・・・・・・・
 紀元後になると、大乗仏教思想を謳歌した経典が数えきれないほど出現した。これらは編纂された経典の内容をもとにまったく新しい思想を展開し、その教えをすでに亡くなっている釈尊に語らせた。本当は作者の考えを披瀝しているのに、いかにも釈尊の説であるかのように書かれているのである。
 これが創作された経典である。別言すれば偽の経典である。これを偽経と言う。
 このように仏教経典には編纂経典と創作経典があるが、編纂経典はパーリ語という一種の俗語で著されていて、しかも釈尊が身近な人々を相手に説法した内容であることから、現代語訳で読んでもすぐに理解できるほどわかりやすい。一方、創作経典は雅語であるサンスクリット語で著されていて、内容は高度な哲学書ではないかと思われるほど難しく、現代語訳を読んでもなかなかわからない。わが国の寺院で読まれ、親しまれてきた経典はこの創作経典ばかりである。(『「涅槃経」を読む』(田上太秀著、講談社学術文庫)


 そう。「涅槃経」にも編纂経典と創作経典の二種類あるのだ。
 香港もまた大乗仏教圏であるから、上記の「涅槃経」とは創作経典のことなのだ。
 つまり、仏陀の言葉では、ない。

 むろん、編纂経典にも六道(天界、阿修羅会、人間界、畜生道、餓鬼道、地獄)の一つとして地獄の記述はあり、細分化された地獄の階層を描写する経典はあるらしい。
 だが、仏陀自身はあまり地獄については語らなかったようである。

 それにしても偽経であるとは言え、「長寿は無間地獄の最大の苦しみ」とはよく言ったものである。
 「生きることは苦(一切皆苦)」は間違いなく仏陀の言葉であるのだから、「長く生きれば生きるほど苦しみが大きくなる」というのは論理的に正解である。

 長寿は喜ぶべきことか、憂えるべきことか。
 老人ホームで働く自分にしてみれば、正直実に悩ましい問いである。




評価:B+


A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」  

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!