2010年タイ映画。

 生者と使者と精霊とが同居するタイ東北部の日常。
 不思議な映画である。
 が、我ら日本人には実は理解できないテーマではない。日本人も一昔前は、このような日常を生きていたはずだからである。生者と、物の怪(=死者)と、精霊(=妖怪)とが同居する日常を。
 
 カンヌでパルム・ドール(最高賞)を獲得したときの受賞理由の中に「ファンタジー要素」が挙げられていた。
 西洋人から見ると、この作品はファンタジーとしか言いようがないのだろう。
 しかし、東洋人である我々にしてみれば、「ファンタジー」という定義はちょっと違う気がする。
 白黒はっきりさせる二元論者である西洋人は、「現実(日常)」に対するものとして「ファンタジー(非日常)」を位置づけている。たとえば、西洋のオカルトホラー映画は、まさに「日常」を襲い、打ち壊し、侵蝕する「非日常」の怖さを描いている。そこには究極的には、というか根源的には、「神」対「悪魔」の闘いが暗喩されている。「神・光・善・愛・正しさ」に敵対するものとして「悪魔・闇・悪・憎悪・邪さ」が布陣を組んでいて、その間には深く、険しい谷が切り立っている。
 ファンタジーの傑作『オズの魔法使い』では、主人公ドロシーはファンタジー世界(オズ)に踏み込むために、生まれ育ったカンザスを離れなければならなかった。夢と現実は明確な境界を持っている。
 日本を含む東洋では、夢と現実、非日常と日常は、さほどはっきりと分かたれてはこなかった。お盆(死者を迎える風習)なんてのは、西洋人にとって見たら「オー、マイ、ガッー!」であろう。しかも、死者と一緒に踊るなんて!(そう言えば、昔『死霊の盆踊り』というC級映画があった。あれはどう解釈すべきか?)
 
 だから、この映画を評するとすれば「ファンタジー」は適当でない。「ファジー映画」というべきである。

 「大きなスクリーンで見たかったな」と思わせる、タイの田舎の事物を映すフィルムの生々しい肌触りは、本当の映画だけに許された愉悦の印。これだけは東も西も関係ない。

 

評価:B-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」    

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!