2006年刊行。
このタイトル通りのことを日々感じない大人は少なくないと思う。
自分も周囲の大人達(特に中高年)とよく話題にする。
「こないだ正月がすんだばかりなのに、もう10月だよ」
「本当にあっという間だよねえ」
「年々速くなっていく気がするねえ」
「この分だと、あっという間に老人だねえ」
地球の自転も含めた全宇宙の運動が加速度つけて速まっているのではないか。全部が全部速まっているから、中にいる生命(=人間)は比較する対象がないので気づけないだけではないか。
そんな妄想を抱いてしまうくらい、歳をとるごとに1年経つのが速くなる。
大体、心理的速度で言えば前の年の約1.2倍ずつ速くなっていて、体感速度で言えば前の年の約0.8倍ずつ1年が短くなっているという感じがする。この計算(365日×0.8×0.8×0.8×・・・・・)で行くと、あと27年で残り日数は0を切る。いや、すでにそういう感じがし始めてから10年以上経っているから、余命15年として、事故とか大病がなければ自分の寿命は65歳を切る。日本の男の平均寿命(79歳)に到底達せず・・・。
まあ、そんなものかもしれない。
20代の頃は40歳まで生きられれば御の字と思っていたものだが、なんということなしに不惑を通り過ぎて、三島由紀夫の自害時の年齢(45)も越して、大病も大事故もなく、食いっぱぐれることもなく、こうして生きている。
今もしタイムマシーンに乗って20代の自分に会うことができたら、こう言ってやりたい。
「大丈夫。何とかなるから」
本書は、時間学(というものがあるらしい)の研究者である一川誠と、ジャーナリストの池上彰の対談である。肩のこらない、読みやすい、読んだそばから誰かに得た知識を披露したくなる興味深いネタがいっぱいの、通勤途中で読むのに恰好の本である。
そんなネタを一部紹介。
○ 日本の標準時刻は、東京都小平市にある通信総合研究所に設置された
18台の原子時計の平均値をもとに決められている。
→自分はまだ明石天文台(東経135度)によって決められているものかと思っていた。
かつては兵庫県明石市などを通過する東経135度の子午線上での平均太陽時として、天体観測に基づいて計測されていた。現在は、情報通信研究機構が複数のセシウム原子時計・水素メーザー原子時計によって得られる時刻を平均・合成して協定世界時を生成し、これを9時間進めたものを日本標準時として決定している。(『デジタル大辞泉』より)
○ 最近、四色の視細胞を持つ人が発見された。
人間の錐体細胞は基本的には、赤錐体、青錐体、緑錐体の三色です。まれに二色しか持たない人もいて、それは一般的には色覚異常といわれています。
人間以外の多くの哺乳類は青錐体と緑錐体の二色の色覚です。(ソルティ注:だから犬や猫は赤色を認識できない) 人間ももともとは二色で、進化の過程で三色を獲得したといわれていますが、最近、四色の視細胞を持つ人が発見されたんですよ。
四色目の錐体細胞は橙色で、女性の一定数がこの橙色の錐体細胞を持っていると言われています。・・・・・
そういう人はテレビとかも、三色の錐体細胞を持つ人とは微妙に違った見え方をしている可能性があります。
○ バートランド・ラッセル、かく語りき
私たちは過去の記憶を持っていますが、今、自分が持っている記憶というのが現実に起きたことではなくて、5分前に形づくられた記憶のみの存在かもしれないという説もあります。バートランド・ラッセルというイギリスの哲学者が、実は世界は今から5分前に始まったのであって、我々の脳に記憶されている事柄は全部嘘である可能性は論理的には否定できないというようなことを言いました。
○ 11年前の自分は100%別人である
我々の身体の物質はおよそ11年周期で入れ替わっています。毎日毎日少しずつ違う自分であるのはもちろんですが、11年前の自分と今の自分とでは物体として完全に違う存在のもので、一年前の自分とは11分の1くらい違う存在ということですね。
○ 大人になると時間の経過を早く感じる理由
身体が元気で代謝が活発だと、心理的な時計も速くなり、物理的な時計が1分しかたっていないのに、心の時計は1分20秒くらい進んでしまっているという現象が起こるんです。だから物理的な時間の流れを遅く感じたり、余裕が持てる。
反対に、病気の時や疲れている時には代謝も落ちていますから、心理的な時計も遅くなります。物理的な時計は1分経っていても、自分の心の時計はまだ40秒くらいしか進んでいないということを感じているんです。
子供の頃時間がゆっくり流れているように感じたのは代謝の活動が活発だったためと、一年のあいだに特別なイベントが多かったからです。大人がこどものような代謝量を増やすことはできませんが、意図的にイベントを多く増やすことで時間を充実させることは可能です。
宇宙時間の加速化説はやはりナンセンスか。
これも自説だが、「知らない道は長く感じる」説はどうだろう。
ある目的地に行くのにはじめての道を歩くとき、行きより帰りのほうが早く時間を感じることはないだろうか。行きは知らない光景ばかり目に入るし、目的地が近いかどうかも分からずに歩くので、目新しさも心細さもあって長く感じる。帰りはいくつかの道標を覚えているので不安は感じないし、ゴールまであとどれくらいかがある程度分かっている。
つまり、不安や緊張など心理的圧迫が大きいほど時間は間延びするという「ストレス相対性理論」である。
「子供の頃は良かった」と大人は言いがちだが、よ~く思い出してみよう。毎日毎日、いろいろな不安や心配でいっぱいだったんじゃないだろうか。たとえば、「自分が学校にいる間に家が家事になったらどうしよう」とか、「3時間目の音楽の笛を忘れてしまった。どうしよう」とか、結構些細なことで悩んでいた記憶がある。