140114_1102~01 政治にも会社経営にも権謀術数は付き物である。
 だから、いまさら匿名の現役官僚が、政・官・財の癒着や腐敗や国民無視を暴いたところで呆れ返ることはあっても驚くことはない。ましてや恐怖することなんて・・・。

 だが、この小説は怖い。

 読みながらダブるのは山崎豊子の『沈まぬ太陽』である。地位と権力と金とを執拗に追い求める政・官・財(JALをモデルとした航空会社)に巣食う魑魅魍魎によって組織が腐敗し、安全倫理が保たれず、結果として乗客の命が紙っぺらのように扱われる様を、山崎豊子は赤裸々に描いた。
 あるいは薬害エイズ事件である。厚生官僚(OB)と製薬会社と医者とがつくる魔のトライアングルが、HIV入りの血液製剤が市場に出回るのを放任し、結果として血友病患者1500人余の命を奪った。
 どれも構造は同じである。
 人間が変わらないかぎり、同じことは何度でも繰り返される。再発防止の為のどんな法律や制度や仕掛けや委員会をつくろうとも、頭のいい奴は必ず法に触れない抜け道を思いつく。一時は怒った大衆も忘れてくれる。
 こんなことは人間の歴史が始まってから何万回と繰り返されてきたわけで、いつの時代でも、日本に限ったことでなしに、生じている。であればこそ歴史小説は人気がある。庶民の命の価値がグレードアップしたぶん、現代の方がマシという話であろう。
 問題は、こうした政官財の腐敗によって起こる事故の規模・社会的な負の影響力の大きさである。

 こんな比較の仕方は良くないと分かっているが、あえて書いてみる。
 JAL123便の事故(1987年)による犠牲者は520名。飛行機一機の墜落で生じる被害は、人命数百と墜落地点の人的・環境的被害が主である。
 薬害エイズで起きた被害は、数千人のHIV感染と1500名余の死。HIVによる二次感染、三次感染があり得るので、実際の被害はもっと多い。
 福島原発事故の被害は測り知れない。事故による直接の死者や修復に携わる職員・作業員の死者の数は曖昧にされているので不明だが、放射線被爆の影響は数百万人に及ぶ。今後、子供などにどういう影響が出てくるかも分からない。被害は人間ばかりでない。他の生き物や自然も深甚なダメージを受けている。
 ウイルスや放射線のように目に見えない、拡散する、有毒な相手に対しては、人間はあまりにも脆弱なのである。これらを制御できるには、人類はまだ数世紀幼すぎる。「またいつもの政官財の癒着か」で義憤するだけでは済まされない。
 だから、この小説は怖い。

 原発メルトダウンは現実に起ったことであり、今後現実に起りうることである。
 そして、本書の扉に記されている「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」というカール・マルクスの言葉通り、生じた悲劇を反省できずに同じ道を歩む日本人の道化ぶりは、現在まさに上演中である。凄まじい勢いを持って原発推進に向けて脚本は書かれ、舞台は進行している。
 あれからまだ3年もたっていないのに・・・。
 なんら抜本的な防災対策も取られていないのに・・・。
 日本人の驚くべき健忘症を著者はこう書いている。

 フクシマの悲劇に懲りなかった日本人は、今回の新崎原発事故でも、それが自分の日常生活に降りかからない限りは、また忘れる。喉元過ぎれば熱さを忘れる。日本人の宿痾であった。

 著者の絶望がこの一文に凝縮されている。
 だが、現役のキャリア官僚がこのような告発小説を世に出せたことに、まだ一縷の希望がある――と思いたい。