兄弟は他人のはじまり 2008年刊行。
 
 なんだか『渡る世間は鬼ばかり』を連想させるベタなタイトルであるが、話の内容はまさに橋田寿賀子ワールド。自分事だったら大変で遠慮したいが、他人事であればこれほど面白い見世物はない。
 著者の体験を語ったノンフィクションである。登場人物たちの個性豊かな(クセのある)キャラクターとドラマのような波乱だらけの展開に、あっという間に読み終えてしまった。漫画家でもあり、過去に『お見合いの達人』(講談社)というヒット本を出した著者の話術=筆力はたいしたものである。

 自分は介護職として介護現場にいるが、親の介護を巡って噴出する家族(娘息子たち)のイザコザは実際に多い。誰が介護を引き受けるかという問題、費用は誰がどう捻出するかという問題、施設に入れるのか在宅で面倒を見るのかという問題、どこまで延命させるかという問題、そして亡くなった後の遺産相続をめぐる問題・・・。これらの問題をめぐって意見を異にする兄弟姉妹同士が仲たがいし争う姿は、よく見聞する。
 「醜いなあ~」と心の中で思うけれど、自分のところにもいずれ近いうちにやってくる事態だと思い直し、自分の親子間・兄弟間の関係を振り返ってみたりする。「結構、いろいろ噴出するかもしれない」と思うと、両親には元気なうちにあとあとのことを決めておいてほしいものだと思ったりする。  


 介護とは、オムツを替えることや食事の世話をすることだけではない。車椅子を押したり、お風呂に入れる事も大変なことだが、それ以上につらいのは家族の軋轢である。それまでその家族が抱えてきた問題が、介護をきっかけに大きく噴き出す。ずたずたに切り裂かれたまま、修復ができなくなってしまった家族、兄弟のなんと多いことだろう。

 と著者が書いているとおり、介護が大本の原因で家族が壊れるのではない。親の介護をきっかけとして、今まで蓋をしてうまいこととりつくろってきたこれまでの兄弟間の軋轢が一気に噴き出すのである。もともと壊れていた家族の内実が、親の介護を機として明るみに出されるというのが正解だろう。
 娘息子たちは、老い病んでゆく親の姿を見るつらさ、親を介護する苦労に加え、血を分けた兄弟姉妹ともめなければならない、というしんどさを背負うことになる。

 親の介護をするのがいやなのではない。育ててくれた恩、生んでくれた恩がある。
つらいのは、親の老いによって、兄弟姉妹の仲に亀裂が入ることだ。嘘を言ったり裏切ったり、平気で心を踏みにじるのが、赤の他人ではなく、血を分けた兄弟姉妹であるという現実。同じ血を引いたもの同士が憎しみあわなければならないということが、切なくてやりきれない。

 著者は、夫の実父と自分の実父、二人の父の介護問題に巻き込まれ、右往左往する。
 夫の実家では、昔かたぎで頑固な父親の世話を誰がするかという問題をめぐって兄弟姉妹とその連れ合いが攻防を繰り返し、そこに家政婦から後妻に納まった義母の思惑も加わって、市原悦子主演の2時間ドラマのような「狸と狐の化かしあい」が繰り広げられる。
 著者の実家では、ワンマンで短気な父親が次第に呆けてきて、様々な問題を引き起こす。頼りとなる妻(著者の母親)が入院のすえ先立つと、ついに父親は一線を越えて、被害妄想からの暴言暴力を振るい始める。ここに至って、著者はやむなく実父を精神病院に収容するという手段を取らざるをえなくなる。
 「なぜ私だけがこんな貧乏くじを引くのだろうと、運命を呪ったこともある」と著者が嘆くのも頷ける。二人の子供を抱えながら、よく乗り切ったなあと感心する。


 一方で、こんな内輪のもめごとを赤裸々に書いて世間に発表してしまって大丈夫なんだろうかと余計な心配もする。
 当然、実名は挙げていない。著者の名前もペンネームかもしれない。
 だが、真島が物書きであることは当然親族は知っているだろう。この本も手に取ることだろう。彼らは、自分たちのいざこざがこんなふうに描き出されて公にされることについてどう思うだろうか?
 たいていの読者は著者の視点に立って読むから、本に書いてあることはそのまま真実だと思いがちである。が、書いてあることはどれも著者の一方的な見方(=主観)でしかない。悪者のように書かれた親族たちには反論する手立てもない。
 真島は家を捨てて親と縁を切った実の弟と、立ち回りの上手な夫の兄嫁と、義父の後妻となった女性をかなり悪しざまに描いている。書かれた本人にしたら、たまったもんじゃなかろう。これを読んだ周囲の人間に「事実」と勘違いされたら迷惑千万だろう。自分なら怒り心頭に発する。
 大丈夫なのか?
 それとも、親族にゲラの段階で目を通してもらい、許可を得たのだろうか?
 そのへんの事情が不明なのではっきりとは言えないのだが、この手記を読む限りにおいて、真島は彼女自身が振り回された我儘で強引な父親によく似ているように思われる。 
 カエルの子はカエル。
 自分にはそう思えて仕方ない。
 
 この本を上梓後の著者の親戚づきあいがどうなったか、次はそのあたりを書いてほしいものである。
 って、やっぱり他人事か。