ノルマバルトリ録音 2011~2013年チューリッヒ
キャスト
 ノルマ    ・・・チチェーリア・バルトリ(メゾ・ソプラノ)
 アダルジーザ ・・・スミ・ジョー(ソプラノ)
 ポリオーネ  ・・・ジョン・オズボーン(テノール)
 オロヴェーゾ ・・・ミケーレ・ペルトゥージ(バス)
 管弦楽    ・・・ラ・シンティッラ管弦楽団
 合唱     ・・・インターナショナル・チェンバー・ヴォーカリスツ
 指揮     ・・・ジョヴァンニ・アントニーニ

 『ノルマ』はプリマドンナソプラノの役どころという通念を覆し、メゾ・ソプラノのチェチーリア・バルトリが歌っているのが最大の特色。
 というか常識破りだよ、これ。
チェネレントラ もちろん、バルトリは現代(もしかしたらオペラ史上?)最高のメゾ・ソプラノで、音域も広く、主にモーツァルトやロッシーニ作品で余すところなく発揮される驚異的なコロラトゥーラのテクニックは「行くとして可ならざるはなし」ってことは、全世界のオペラファン周知の事実である。自分が持っている『チェネレントラ』(シンデレラ)のDVDでも、高い音から低い音までコロコロと鈴がころがるような、スーパーボールが飛び跳ねるような、渓流が笑いながら流れるような、目の眩むばかりのコロラトゥーラ技術に圧倒される。
 だが、バルトリがソプラノ役を、しかもよりによって難役中の難役であるノルマをやるとは・・・!

 ライナーノーツを読むと、しかし、もともとノルマを初演で歌った歌手ジュディッタ・パスタ――ベッリーニは彼女のためにこのオペラを作曲した――は当時「高い声の出せるメゾ・ソプラノ」と認識されていたという。
 その解釈にしたがえば、このディスクは作曲者が想定していた本来の声=歌唱に復古したものととらえることができる。
 同様に、ノルマの友人であり恋敵であり巫女であるアダルジーザ役もまた、メゾ・ソプラノが振り当てられるのが慣例(ジュリエッタ・シミオナートやフィオレンツァ・コソットが有名)であったが、これもまたベッリーニの意図を汲んで初演歌手の声質を蘇えらせるのならば、軽めのソプラノこそふさわしい。そこで、このディスクではコロラトゥーラソプラノのスミ・ジョーがアダルジーザを演じている。
 つまり、主役二人の女性歌手が、持っている音域による常識的な配役に従わずに、役柄を交換しているのである。(『ガラスの仮面』の「二人の王女」を連想する?)
 
 これが見事に成功している。
 従来のソプラノでは、十分に表現されえなかった低中音域において、バルトリは雄弁に語るのである。ノルマの怒り、イライラ、恐れ、懐旧、たじろぎ、嫉妬、憎しみ、絶望、諦め、悲痛・・・・場面ごとの様々な感情が極めてリアルに鋭角的に表現されている。カバリエもサザランドも、あのカラスでさえ、ここまでこの音楽のすべてを‘日常ドラマ’仕立てにしなかった。バルトリのノルマを聴いていると、まるで2時間サスペンス恋愛ドラマでも観ているかのような臨場感と面白さとがある。
 低中音域がしっかりとダイナミックに歌いこまれることで、ノルマは女神から人間化する。その代わりに、ソプラノの歌うノルマが高音域で発揮するような神聖さ、哀切さ、透明感のある美しさなどは犠牲になってしまうのだけれど・・・。それは仕方ないことだ。
 
 本当に面白いディスク。
 そして、バルトリはやっぱり素晴らしい芸術家である。