1950年新東宝。

雪夫人絵図
 
 溝口健二が1952年の『西鶴一代女』から始まる怒涛の傑作連発期(『雨月物語』『祇園囃子』『山椒大夫』『噂の女』『近松物語』)に入る直前の作品である。世間的評価は良くなかったようだが、この翌年に撮った『お遊さま』『武蔵野夫人』同様、まぎれもなく溝口スタイルが刻印されている高い水準の映画である。
 
 溝口スタイルとはなにか。
1. 転落していく美しい女性(達)が主人公である。
2. それは恋愛相手の男から見て年上である(姉様)ことが多い。
3. 悲劇の結末が用意されている。
4. 自然描写とりわけ水(湖、川、海、雨)を背景とするシーンが象徴的である。

 溝口監督の生育歴なんか読むと、どうやらこの姉様と年下男の関係は、溝口自身と家計を助けるため芸者や妾になった溝口の姉との関係がオーバーラップされているらしい。つまり、シスコンだったのだ。
 それはともかく。
 見るべき味わうべきは、まず舞台となる熱海の景観である。
 50年代初頭の熱海はこんなにも美しかったのかと驚嘆する。『武蔵野夫人』でもそうだが、やはり美しい背景あっての恋愛悲劇である。光る海、霧の中の木立、木々の陰影、静かに波立つ湖面・・・風景がそのまま登場人物たちの心理描写となる。これが『源氏物語』の昔から続く、我が日本の伝統的な写実のありようだろう。そのテクニックを手中に収めた時から、溝口監督の国際的な快進撃が始まったと言うべきだ。
 とりわけ、水の使い方では溝口に並ぶ監督は古今東西そうそうにおるまい。ここでも山々に抱かれる熱海の海面や木立に潜む芦ノ湖の水面が、日常と非日常、現実と夢幻との境界のように映し出され、元華族である雪夫人(=木暮実千代)がその境界をさまよいつつ、現実に負けて、次第に非日常へと誘われていく道行きを象徴的に表している。
 
 木暮の演技が素晴らしい。
 生涯350本以上という映画への出演本数――それも黒澤、小津、溝口など巨匠作品に主役級で出演――と「ヴァンプ女優」と評された妖艶な姿態、そしてCM女優第一号という栄誉に比すと、現在の木暮実千代の名の低さは意外なほどである。悪役、純情可憐な主人公の敵役が多かったせいであろうか。
 『祇園囃子』での「芸は売っても身は売らぬ」の筋の通った気立てのいい芸者・美代春。『赤線地帯』での病弱の夫と幼い子供を抱え「なりふり構わず」生きていく強い娼婦・ハナエ。そして、愛人を平気で家に連れ帰ってくる酷い夫とどうしても別れることのできない元華族の弱い女・雪。育ちも環境も性格も異なる三人の女を、木暮は見事に演じ分けている。この演技力、昨今なかなか見られないレベルである。
 
 もう一人見るべきは、雪夫人の家の女中頭役で出演している往年の「おばあちゃん役者」浦辺粂子(1902-1989)である。このとき浦辺は50歳。女優業スタート時点から脇役一筋、間違っても元華族のおひい様役など回ってこない。この映画でも、後年耳についてはなれなくなる、あの独特の声と節回しで、雪を虐げる周囲の者たちをなじる。その姿は、自分(ソルティ)が子供の頃楽しんで観た榊原るみ主演のTVドラマ『気になる嫁さん』(1971-72年)の家政婦たま(「リキおぼっちゃま!」)にまで、地続きで繋がっている。
 間違ってもスター女優ではない。
 だが、記憶に残る女優である。
浦辺粂子

評価:B-

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!