1944年陸軍省後援 情報局国民映画。

 朝日新聞に連載された火野葦平の小説を原作に、幕末から日清・日露の両戦争を経て満州事変に至る60年あまりを、ある家族の三代にわたる姿を通して描いた作品である。
 時期的に考えても、当然、国策に沿った戦意高揚・銃後の意識を鼓舞するという目的が、映画製作を依頼した側にはあったはずである。ストーリー展開もキャラクター設定も、そういう意図から外れてはいない。しかし、細部の描写はときどきその本来の目的を逸脱しがちであり、最後のシークエンスで大きく違う方向へと展開する。その場面を見る限り、この作品を国策映画と呼ぶことは難しい。結果として、木下は情報局から「にらまれ(当人談)」終戦時まで仕事が出来なくなったと言われている。(ウィキペディア「陸軍(映画)」)

 ‘最後のシークエンス’とは、息子伸太郎が大陸に出陣する当日、「泣くから見送りに行かない」と家に一人残った母わか(田中絹代)の、家事の手が止まり、物思いに沈み、進軍ラッパの響きと人々の歓声にはっと腰を上げ、家を抜け出し、家並みや街をひたすら走り抜け、見送る人々の盛大な歓声のなかを華々しく行進する隊列の中に息子の姿を必死に探し求め、ついには息子を見つけ、その名を呼び、目と目を合わせ、混雑にもまれて道に倒れるまでの一連のシーンである。
 このシークエンスは、おそらく日本映画史上五指に入る名場面と言ってよいだろう。持続する緊張感が凄まじい。演じる田中絹代を見れば、誰もが否応無く、「日本映画史上最高の名女優は、吉永小百合でも原節子でも杉村春子でも樹木希林でも田中裕子でもなく、田中絹代その人だ」と認めざるをないだろう。実際、この映画の主役は途中まで笠智衆なのだが、最後の最後の5分間で田中絹代にすべて持っていかれてしまう。
 これは、しかし、軍国主義に反感を持つ木下恵介監督の策略のなせるわざで、笠智衆演じる父親が象徴する父権主義が、田中絹代が象徴する母性の前に色褪せていく刹那でフィルムは終了するわけである。
 なるほど、「戦争反対」のメッセージはつゆほども打ち出していない。陸軍の要望に沿うよう、「(戦時下の)日本国民(≒日本男児)たるものどうあるべきか」を笠智衆ら登場する父親たちのセリフの中で繰り返し表現し、天皇陛下への報恩と恭順を徹頭徹尾強調している。
 だが、この映画はやはり「戦意高揚映画」ではない。立派な「反戦映画」である。

 上記の見送りのシーンと同じくらい衝撃的なシーンがある。
 それは、上等兵として大陸への出兵が決まった息子伸太郎を祝う最後の晩餐シーン。家族一同がご馳走の並ぶ座卓を囲んで、和気藹々と団欒する。「やっぱり家族っていいな~」と思うシーンである。ホームドラマの名手として名を馳せた木下恵介の真骨頂である。
 しかるに、座卓を包む、内に別れの悲しみを宿しながらもほのぼのとしたあたたかい雰囲気とは裏腹に、そこで語られる会話――主に一家の主である父=笠智衆によって先導される――は、背筋が凍るほどナショナリスティックでマッチョイズムなのだ。聞いていて吐き気がしてくる。この一見‘ホームドラマ’、しかし中味は‘国家主義’という矛盾というかギャップが驚くべき効果を発揮している。
 
 多くの場合、国家と家庭は対置するものとして表現される。国家=戦争、家庭=平和の象徴で映像化されるのが一般である。家庭を崩壊し、家族を離散する‘巨悪’として、国家が起こす戦争は描かれるものである。とくに、アメリカの反戦映画にその傾向が強い。
 しかしこの映画では、木下監督は、そんな杓子定規、紋切り型に乗らない。国家と家族を対置させずに、家庭的なるものの中に戦争に繋がるエレメントを描いて、家族主義と国家主義が同一線上にあるものと喝破するのである。
 国家の思想は、家族を洗脳する。その家庭内で育てられた子供たちはまた親によって洗脳され、国家主義を身につける。家庭が戦争の温床になって、人を殺し人を死に追いやる装置として働いている。その装置が自動化していく恐ろしさを、幕末からの三代にわたる家族の歴史の中で、描き出しているのである。
 別の観点からすれば、国家は男達(世の父親)を洗脳し、父親は食卓に代表される家庭内において妻と子供たちを洗脳する。夫に従順たることを意識付けられ洗脳されたはずの妻(=母)は、それでも息子を戦場に追いやることを夫のようには誇りとは思えない。だから、「天子様のために立派に闘ってくるのだよ」とは口が裂けても言えない。「天子様にいただいた命なのだから大切にするのだよ」
 対置すべきは、国家と家庭ではなく、父権主義と母性。そんなあたりが木下監督の深意なのかもしれない。
 『お嬢さん乾杯』や『破れ太鼓』で魅せたユーモア(=機知)以上に高く評価すべきは、木下監督の狡知である。


評価:A-

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!