2010年扶桑社より刊行。

 別記事で紹介した『“ありのまま”の自分に気づく』を書いた初期仏教僧・小池龍之介(1987年生まれ)が、そもそもなぜ僧職に就いたか、なぜ仏教それも初期仏教に惹かれたかを、苦悩と混乱の自分史を赤裸々に綴ることで明かしている、いわば信仰告白の書。
 
 小さい頃は担任教師から「ろくでなし」の烙印を押され、十代は太宰治にかぶれて、道化を演じながら腹の中では周囲の人間を嘲笑する屈折した思春期を送り、大学時代は理論武装して相手をやり込めては喜ぶイヤな奴。結婚すれば相手をいじめ、しまいには暴力までふるようになり、道ですれ違った人に無意味で馬鹿げた言葉を投げかけ、その反応を見て喜ぶハタ迷惑でおかしな人間――できればお付き合いをご遠慮願いたい人間。それが私でした。
 そんな本書タイトルどおり「失格」な人間も自分の心の仕組みを見極めて変わろうとすれば、変わることができる。汚れた心の総合図書館のごとき私の過去の心をサンプルとして取り上げながら、「自分」を乗り越えていく道筋が示せたらよいなと思う次第です。(標題書より、以下同)

 小池がなぜ僧職に就いたかは、告白を必要とはしない。父親が坊主だったのである。山口市の浄土真宗本願寺派正現寺(現在は独立して本願寺派ではない)に育ち、檀家に慕われる父親の姿を見て「自然にお坊さんになりたい」と思った。
 高校生のときに僧侶資格を得るための10日間のプログラムを受講する。 

 学んだことは、「何々仏が救ってくれるのを信じる信仰心を持ちましょう」といったもので、それを信者にも伝えなさい、という教えでしかないので、幻滅してしまいました。そういったなにかしらの超越的な力を信じてすがることで、心がラクになったり、救われたような気分になる人がいるのは確かでしょう。その意味では、こういった伝統的な宗教にも役割があるのは事実です。しかしながら、科学の時代に生きる高校生にとっては、神や仏というようなものは、人のつくりだした脳内フィクションであるように感じられ、受け入れることがかないませんでした。

 子供の頃から極度の淋しさと自意識過剰(=慢)に冒され、苦しみもがいてきた小池にとって、かくも身近にあった仏教も、僧侶だった父親の躾も、心の平安を作りだす役には立たなかったのである。
 長じるにしたがって、その混乱はいよいよ複雑になりエネルギーを増し、周囲の人間を巻き込んでのトラブルを惹起し、人間関係に亀裂を生じる。結婚生活では相手の女性をいじめ苦しめた挙句の自殺未遂に追いやって破綻。両親との関係も悪化し、母親に身体的暴力を振るうようになる。そして、麻薬中毒患者のように、自分で自分をコントロールできない状態に陥ってしまう。記述されたエピソードから察するに、ある種の‘パーソナリティ(人格)障害’だったのではないだろうか。
 
 父から原始仏教の坐禅瞑想法を教わったのは、大学在学中に生活が乱れて一回目の留年をしたときでした。その頃の私は、父に「お前の育て方を間違えた・・・」と絶句されるほどの状態に陥っていました。私の結婚や離婚をめぐって両親も大いに振り回され、それに対して両親が私に意見するたびに、私は激昂して、「ほっとけよ、クソババア、死ねよ」などと汚らしい言葉を吐くような人間になっていました。
 
 はじめは気乗りしなかったものの、自身も坐禅瞑想を実践し効果を実感していた父親による説得と、‘どん底’でもうあとがないことを自覚していたために、人生初の坐禅瞑想に取り組む。
 
 たった一週間ではありましたが、坐禅瞑想により、自分の乱れに乱れた心が静まったり、心の乱れにとらわれそうになっても、その乱れにとらわれずに穏やかに見つめていれば、流れ去っていく、というのを体験することができ、私の人生に静かな革命が起こり始めたのです。
 
 原始仏教の坐禅瞑想=ヴィパッサナー瞑想との出会い及び修練によって、小池の精神状態は次第に安定し、自己覚知すなわち「自分で自分の感情や思考を第三者のように離れて‘観る’」ことができるようになり、それによって自己コントロールができるようになっていく。自己コントロールができれば、その時々に生じた感情や思考に振り回されずに、いったん停止して、智慧や合理的判断にもとづいた行為ができるようになる。
 このあたりの事情を説明するに、小池は‘台本’という比喩を用いている。が、これは心理学理論の一つである交流分析(エリック・バーン創始)において重要な概念である「人生脚本」と同意であろう。
 
 交流分析によれば、人は、とても幼い頃に、世界と自分の立場を理解しようとして、自分に対する人生の脚本を書く。その脚本は人生の中において改訂されるが、核となる話は一般的に7歳までに選ばれ決定され、大人になっても気づかないものである。
 ●脚本とは、すでに予定されている人生のプランである。
 ●脚本は、敏感であり、決定力のあるものである。すなわち、子供の頃に知覚した世界観と、生きる目的、道徳観によって決められているものである。これは、外部的な力によって、押しつけられるものではない。
 ●脚本は、両親(または、その他の影響を及ぼしやすいものや体験)によって、より強靭なものとなる。
 ●脚本は自覚されていないものである。
 ●脚本は、どのように私達が人生を歩むか、何を求めていくかであり、そこに適合しない現実は、私達の持つ意識内のフィルターによって再定義される(または歪められる)。
(ウィキペディア「交流分析」より抜粋)

 すなわち、大概の人は、7歳までにインプットされた周囲からの情報に基づき作成された独自のプログラム(=脚本)にしたがって、その後の人生を演じ生きていく。その脚本は自覚されていない(=無意識に書き込まれている)ので、演じている本人はあらかじめ用意された脚本にしたがって自動的に演技させられているとは気づかない。あくまで、自分の意志や選択で、自分の人生を作りだしていると思い込んでいる。
 だが、なんとなく脚本の存在に気づく瞬間は誰にでもあるはずだ。
 たとえば、次のような問いが浮かんでくるような時。
「なんで、いつも自分ってこうなんだろう?」
「結局、またしても同じような展開で、同じような結果になってしまった。やれやれ」
「あの人はいつも同じような失敗を繰り返すよな。本人気づいているのかな?」
「自分を変えるつもりで新しいことにチャレンジしたのに、気づいたら元の場所から一歩も動いていないじゃん」
「また売り言葉に買い言葉になってしまったよ。なんで自分を抑えられないんだろう?」
「彼女ったら、また同じような男に引っかかっている。いい加減目を覚ましたらいいのに」
「あの人ってば、会議のとき、すべてがまとまりかけた段階でいつも異議をさしはさむんだから」
・・・・・・
 私たちの言動はすべて、このように台本を与えられ、それを演じているにすぎません。
 これも仏道で申します「無我」というものの側面であると考えられます。「我」でしゃべったり行動していると思いこんでいるつもりが、実は無意識の働きに命じられているもので、すこぶる不自由なのが現実のありさまなのです。その不自由さを実感できていないとき、私たちは自らがしゃべらされている内容を、自分の自由でしゃべっている、と錯覚する。ゆえに、自分の言葉に執着してしまうのです。

 普段は自分が脳のシステムに従っている感覚はなく、自分の意思で動いていると認識している、その状態こそが「我」の本質とも申せます。ところが、台本によって決定されているだけなのだということが見えてまいりますと、自分がやろうと思っていることが、一定の流れに従って出てくるプロセスにすぎないという実感が生まれてきます。
 そこには「我」などないのだ、ということに気づく。それが「無我」です。
   
 上記の「一定の流れ」こそが「因縁」であろう。
 
 自分の周りで、この「台本」の力学をよく気づかせてくれるのは、会話で「でも」を多用する人である。こちらがコミュニケーションのつもりで何か言葉をかけると、必ず「でも」で応答し始めるのである。
 たとえば、
「今日は暑くて大変だね」
でも、少し風があるから、まだいいよ」

「昨日は遅くまで残業、お疲れ様でした」
でも、おかげで仕事が片付いたから良かったよ」

「あの映画は本当に感動的だったね。」
でも、ちょっと長すぎ。途中居眠りしちゃったよ」

「明日の日曜日、反原発デモに行く予定なんだ」
でも、なんで?」

 「でも」は言うまでもなく逆接の接続詞である。前文の内容にケチをつける働きを持つ。
 ゆえに、話しかけるたびに「でも」で返されると、こちらの意見にケチつけられたような印象を受ける。極端になると、こちらの存在をケチつけられたような気分になる。会話が続かない。それがいつものこととなると、そのうちに「こいつに話しかけるのは止めよう」という気になってしまうのは仕方あるまい。
 おそらくは、当人の親もまた「‘でも’の人」で、子供の頃、親に何かを言うたびに「でもね」で返されたのであろう。それが当人の台本のパターンになっているのであろうと想像する。そして、「でも」を使って相手と異なる見解を打ち出すことで、「自分らしさ(=独自性)」を表現したいという無意識の欲求があるのだろう。
 実を言えば、自分(=ソルティ)もまた「‘でも’の人」であった。今でも気を抜けば、同僚などからかけられた言葉に「でも」と始めそうになる。
 むろん、相手の意見や見解にすべて同意する必要はないのだから、反対意見を表明してもよいし、そこから相手と生産的な議論を行ってもよいのだが、上のような日常のどうでもよい会話の中では「でも」をできるだけ使わないように心がけている。
 たとえば、
「今日は暑くて大変だね」
「ホントだよね~。これで風がなかったら最悪だよね」

「昨日は遅くまで残業、お疲れ様でした」
「ありがとう。確かに疲れたけど、おかげで仕事が片付いたよ」

「あの映画は本当に感動的だったね。」
「へえ~、そんなに感動したんだ。良かったね。自分はちょっと居眠りしちゃったけどね」

「明日の日曜日、反原発デモに行く予定なんだ」
「へえ~、活動的だね。原発に反対しているんだね?」

 さて、坐禅瞑想に取り組んでしばらくたったある日、池田は決定的な体験を持つ。深い瞑想中に、思考の流れが細密に見え始め、過去の記憶が走馬灯のように蘇えったのである。自らの台本を作ってきた幼少の頃からの素材(エピソード)の一つ一つが、そのとき受けた感情と共に浮かび上がっては、すごいスピードで流れ去っていく。と同時に、それらへの激しい渇愛が取り除かれていく。
 
 所詮、人生とはそのようなもの。生きることに執着して、立派な自分でありたいとか、愛されたいとか、自分を大きく見せたいと思っても、所詮、こうした苦しみを連鎖させているだけ。ずっと、胸が張り裂けそうな思いで生きていくだけ。生きるというのは苦しみの集積なんだ、とストンと腑に落ちたとき、本当に自分の人生は無意味だったと痛感したのです。そして、自分が欲しい欲しいと思い続けてきたことの糸がプツンと切れたと申しましょうか、欲望によって自我をかり立てて駆動していくというシステムがパーンと壊れました。

 苦しみとは、「我」という錯覚ゆえに、ある。

 そのとき、私は、生まれ変わった実感を得たのでした。もはや、感情の奴隷になることはないだろう、と。

 おそらく、これが悟り(預流果)であろう。
 
 悟ったばかりのブッダが説いた最初の教え(初転法輪)、すなわち仏教の根本教説は、四聖諦である。
 
 苦諦(くたい)  一切は苦である
 集諦(じったい) 苦には原因がある
 滅諦(めったい) 苦は滅する
 道諦(どうたい) 苦を滅する道がある

 仏教の入口は「苦」なのである。
 苦のないところに悟りもない。
 本書は、その真理を補強する好例と言えよう。
 
 
 サードゥ、サードゥ、サードゥ