ロウカの始まりは台所。
――なんてくだらないギャグを昔言っていたのは若い証拠だった。
――なんてくだらないギャグを昔言っていたのは若い証拠だった。
人間四十も過ぎれば否応無く老化の兆しが現われる。
ある者は白髪が急に増え、ある者は冬でもないのに頭が急に寒くなり、ある者は鏡に映った顔面のシミや皺を鏡の汚れと勘違いし、ある者は肩や腰や膝に一過性でない痛みを感じる。また、ある者は記憶力が減退し、「こそあど」言葉が会話の半分を占めるようになる。
自分の場合、どうやら老化の始まりは視力の低下らしい。
老いが来た 老いが来た どこに来た
髪に来た 膝に来た 目にも来た~
(「春が来た」の節で)
老眼は数年前から始まっていた。
列車の中で文庫本が読みづらくなり、JRの時刻表携帯版がまったく用をなさなくなった。商品の箱の裏に書いてある調理方法や使用方法などの説明文が読み取れなくなった。自分は近眼なので、メガネをはずして目を近づけて読み取るようになった。
暗いところで物が見えにくくなった。夜など天井の灯りだけでは、手元が薄暗く感じる。
目が疲れやすくなった。これは明らかにパソコン画面、スマホ画面の凝視のせいもある。とくにスマホのゲームは絶対に目によくない。四六時中熱中している若者たちが心配だ。若い頃にはブラウン管しかなかった自分世代より、もっと早く目に来ることだろう。
数日前に仕事を終えて家に帰り、ソファでくつろいでいる時に、何やら閃光のようなものが右目に2回走った。脳細胞の発したパルスみたいだった。
それから、ふとした時に視界の端を何かが横切るのを見るようになった。
幽霊か?
ついに霊能力が開発されたのか?
数日後、右目の視野に灰色の丸い点が現われた。目覚めたあとによく現われる細胞の連なりのような、煙草の煙のような、いわゆるゴミの一種と思った。それが盲点みたいになって、そこの部分の視界がぼやけている。瞳を左右に動かすと、盲点も一緒に動く。
メガネをはずして、レンズをきれいに拭いて、かけなおす・・・消えない。
顔を洗い、目を洗い、パチパチしたり擦ったりした・・・消えない。
目薬を差してみた・・・消えない。
一晩眠ったあとも・・・消えない。
翌日も、翌々日も・・・消えない。
今日近くの眼医者に行った。
待合室にいる間、置いてあった目の病気に関するパンフレットを手に取った。
自分の症状とぴったり合うものがある!
飛蚊症
ひぶんしょう、と読む。
ひぶんしょう、と読む。
明るい所や白い壁、青空などを見つめたとき、目の前に虫や糸くずなどの「浮遊物」が飛んでいるように見えることがあります。視線を動かしてもなお一緒に移動してくるように感じられ、まばたきをしても目をこすっても消えませんが、暗い所では気にならなくなります。このような症状を医学的に「飛蚊症」と呼んでいます。(参天製薬株式会社提供の「飛蚊症」パンフレット)
原因は眼球の中の硝子体(眼球の大部分を占めるゼリー状の物質)に濁りが生じることにあるそうだ。生理的原因と病的原因があって、病的原因とは網膜剥離や硝子体出血の場合でレーザー治療や外科手術が必要となる。細菌やウイルス感染の場合には、内服薬や点眼が必要となる。

生理的原因とは・・・・老化である。
歳をとると硝子体はゼリー状から液状に変化し、硝子体は次第に収縮して網膜から剥がれます。(硝子体剥離) このような変化が飛蚊症の症状をもたらしますが、髪が白髪になるのと同じようなもので、生理的な現象です。また、若い人でも強度の近視の場合には(ソルティ注:おいらがまさにそう)、この硝子体剥離が早期に起こりやすく、しばしば飛蚊症の訴えがあります。眼科の検査において、このタイプの飛蚊症と診断された場合は治療の必要はなく、多少うっとうしいと感じますが、慣れれば特に問題はありません。(同上)
・・・・・・・・・・。
名前を呼ばれて診察室に入り、暗闇でドクターにいろいろしてもらった。
医学的原因は否定された。
処方箋(薬)も出なかった。
つまり、治らないということだ。
つまり、治らないということだ。
このうっとうしさと今後付き合っていかなければならないのか。
本当に慣れるのか?
本当に慣れるのか?
これまでの人生で叩き殺した何百という蚊の祟りだろうか。
線香でも焚くか――蚊取り線香でも。
ナムアミダブ、ナムアミダブ。