1970年ATG制作。
 
 原作は井上光晴の同名小説。
 熊井哲は『サンダカン八番娼館 望郷』の監督。 

 ともかく暗く、重く、忌まわしさに満ちた映画である。
 「地の群れ」というタイトルが示すとおり、日本社会の最下層を鼠のように蠢く者たちの恥と苦しみと抑圧された怒りと呪い、貧困と差別と絶望と無明とが、全編から漂っている。よくこんな映画が撮れたなあと感心するほかない。表現の自由に関しては今より70年のほうがよっぽど進んでいる。
 
 戦前戦後の佐世保を舞台に、炭鉱、在日朝鮮人、被差別部落、被爆者、米軍基地、水上生活者、アカ(共産党)、強姦、リンチ、暴徒・・・・といったトピックが、何らわかりやすい説明もないままに次々と描き出されていく。(ストーリーを理解するには2回は観なければならない。) 
 日本社会の負の部分を抉り出したという点では、ドキュメンタリー映画『山谷 やられたらやりかえせ』(1985年)に近い。
 しかし、圧倒的に『地の群れ』のほうが暗くて重い。
 なぜなら、『山谷』には労働条件の向上をもとめるドヤ(低額宿泊所)の男たちの連帯と勇気に満ちた闘いがあった。一方、『地の群れ』には差別された者同士の足の引っ張り合いのようなネガティブないさかいがあるばかりで、そこになんの希望も見出せないからである。後味悪い。
 
 物語の最後、主人公の青年・信夫は、生まれ育った被爆者の隠れ住む村・海塔新田を飛び出し、佐世保が包含するすべての負から逃げ出すように、何処へかに向って走り去る。被差別部落を抜け、米軍基地を抜け、港を抜け、河原を抜け、教会を尻目にする。いつのまにか、白い団地が整然と並ぶ新興住宅地にやってくる。樹木に囲まれた美しい公園、ベンチで談笑する子連れの主婦たち、明るく屈託のない笑顔、豊かさを感じさせる整った身なり・・・。これまでの画面にはまったくなかった眩いばかりに清潔なカットが続く。主婦たちは不思議そうに、団地の中を懸命に走りぬける信夫に目を向ける。なかば無関心な目を。
 信夫が駆け抜けたこの二つの世界こそ、「地」と「天」であり、戦中および戦後の貧しい日本から、「もはや戦後は終わった」高度経済成長時代の日本への転換であり、アメリカから輸入された近代消費社会という毛皮によって日本人がいかにしておのが恥部を隠したかの象徴である。
 「地の群れ」を生きる人びとがいなくなったわけではない。『山谷』に見るとおり、それはバブルの頃でさえ、わが国の重低音として地の底から響いていたのだ。多くの日本人はそれを聴かなかった。「暗さ、重さ、忌まわしさ」に蓋をして、「明るさ、軽さ、屈託のなさ」ばかり追求してきた。一億総「躁」状態になっていたのである。
 バブル崩壊、ホームレス増加、雇用の崩壊、格差社会、ヘイトクライムの増加、少子化と高齢者の孤独死、原発事故、安保・・・・・・。
 そのつけが今になって回ってきた。
 --なんて、うがったことを高みから言うつもりは毛頭ない。
 むしろ、自分はこう思う。
 いまやっと、戦後が終わったのだ。
 アメリカナイズされた個人主義の大量消費社会という夢(=呪縛)から解けて、いまやっと、日本人はおのれが抱える「暗さ、重さ、忌まわしさ」を、否認することなく、怯えることなく、地の底に引き摺り込まれることなく、冷静に向き合えるときがやって来たのだ、と。
 戦後70年にしてPTSD(トラウマ)は消失した。
 
 この映画はいまこそ観るにふさわしい。



評価:B+


A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!