20年ぶりに第九を歌った。
前回は仙台に住んでいた時。
仙台フィルハーモニー管弦楽団と当時音楽監督だった外山雄三指揮のもと、合唱のテノールパートを二日間歌った。
仙台フィルハーモニー管弦楽団と当時音楽監督だった外山雄三指揮のもと、合唱のテノールパートを二日間歌った。
なにぶん、プロオケ&プロ指揮者との共演による初めての第九だったので、当日までは音をとる(メロディを覚える)のにいっぱいいっぱい。本番は無我夢中で歌っただけ。外山雄三が日本の指揮者の中でどんな位置づけなのか、どんな人なのかももちろん知らなかった。加山雄三と間違われやすいなあと思ったくらいである。
本番一日目。高音のある箇所で声が裏返った。刹那、指揮台の外山氏がひな壇にいる自分のほうをギョロリと睨んで舌打ちした。二日目、その部分が来ると、外山氏はちらっとこちらに視線を投げた。むろん、今度はしっかりコントロールして無難に歌い切った。すると、氏は満足したように小さくうなずいた。
この件に限らず、プロの音楽家の耳の良さは凄いもんだなあ~と、しきりに感心したのを覚えている。
ちなみに、二日目の演奏はとても素晴らしい出来だった。客席からは合唱隊が舞台を降りるまでの延々たる盛大な拍手をもらった。外山氏も満足そうであった。自分もまた、最後のクライマックスの「ディーゼン・クス・デル・ガンツェン・ヴェルト(全世界に口づけを!)」の繰り返しあたりから、会場との一体感、世界との一体感、音楽との一体感に包まれた。終演後しばらくは、大いなる開放感と宙を漂っているような高揚感に包まれていた。
まさに、合唱の‘喜び’を味わうことができたのである。
20年ぶりの今回、陣容は以下の通りであった。
日時 12月28日(月)
会場 ティアラこうとう大ホール(東京都江東区)
指揮 曽我大助
演奏 ブロッサムフィルハーモニックオーケストラ
ソプラノ 辰巳真理恵
アルト 成田伊美
テノール 芹澤佳通
バリトン 吉川健一
この大仰な団名には相応の理由がある。このコンサートの収益の一部と当日の会場での募金は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に寄付され、世界各地での難民救援活動に役立てられる。
自分は、別の第九のコンサート会場で合唱団募集のチラシを見て、趣旨に賛同すると共に、「久しぶりにあの高揚感を味わうのも悪くはないな」と思って挑戦したのであった。
さて、本番2ヶ月前から週1回ペースで稽古が始まった。
なによりの心配は「高い声が出るか」である。
第九合唱のテノールパートに要求される最高音は、普通の(変声期前の男子や成人女性の音域の)「ラ」である。それをクライマックスでは、連続して、フォルティシモで、出さないとならない。20年前の30代前半の自分には何の苦労も無くこれができた。(自信過剰でコントロールを怠ったため本番裏返ったのだ。)
普段、特に喉を鍛えているわけでも、大事にしているわけでもない。カラオケ好きなわけでもない。あえて言うなら、普段の介護の仕事で、ご利用者と一緒に大声で童謡なんかを歌っていることくらい。むろん、発声も音程も気にしちゃいない。
いまや50代の自分に可能だろうか?
プロの指導(曽我大介の弟子であり指揮者の西谷亮)はたいしたものである。
稽古を重ねるうちに、とくに力むことなく「ラ」の音が出るようになった。発声方法のまずさによる声のつぶれを懸念していたが、それもなかった。
久しぶりにお腹の底から大声を出すことの快感、大勢で声を合わせハモることの快感、だんだんと言葉(ドイツ語)や表現(音楽記号など)をマスターし上達していくことの快感。稽古が終わってスタジオを出ると、いつもフロイデ(躁)状態であった。
20年前は結局、最後の最後まで音が取れない部分があった。
それは、全員合唱による有名な「喜びの歌」の少し後に来る、合唱のもう一つの聴きどころとも言えるフーガの部分。この途中から、メロディラインが非常に複雑でスラーが続き、音が取りにくい箇所がある。

の箇所だ。
前回はどうしてもマスターできなかった。
しかも、ここが素人にとってのネックであることは先刻承知済みなのか、稽古でもパートごとに音取りする機会は設けられなかった。ある意味、「適当に歌って」みたいな感じだったのである。なので、口パクを使いながら適当に歌った。
今回は、ちゃんとマスターしたいと思った。
稽古の時にテノールパートの仲間に相談すると、こう教えてくれた。
「YouTubeにテノールパートだけの練習用動画があるよ」
YouTube!
インターネット!
20年前にはなかった!!
いや、インターネットはあるにはあったが今のようには普及していなかった。なにせWindows95発売直後の話である。
スマホで検索してみると、あるわあるわ、いくつもの第九合唱パート練習用の動画が出てくる。
時代は変わった・・・・。
かくして、声も取り戻し、メロディも覚えこんで、12月28日の本番に向けて気持ちを高めていったのである。
《つづく》