前編 1941年12月1日公開
後編 1942年2月11日公開
製作 松竹、興亜映画

 まずは公開日に着目。
 赤穂浪士の吉良邸への討入りは元禄15年(1703年)12月14日であるから、12月公開は何ら不思議なことではない。重要なのは1941年という年。この年の12月8日は日本がハワイオアフ島の真珠湾を攻撃した日。この映画は太平洋戦争開戦直前に封切られたのである。
 さらに、後編の封切りは、紀元節(今の建国記念日)であり大日本帝国憲法の発布日(1889年)である。むろん、紀元節とは神武天皇の即位日とされている。
 製作は松竹だが、金の出所は情報局すなわち大日本帝国。
 忠臣蔵の主要テーマである「報復と忠義」「武士道」を、忠心愛国・大和魂に結びつけ、戦意高揚をはかったわけである。

 なにぶん古いフィルムの上に、話される言葉も時代劇調(歌舞伎調)なので、登場人物が何を言っているのかよくわからない。あらすじが分かっていなければ、途中で観るのを断念しただろう。(字幕があったらいいのに・・・)
 それでも観続けざるを得ないのは、徹頭徹尾、この映画が‘本物’だからである。
 綿密な時代考証に基づいたセットや風俗や衣装(松の廊下は原寸大だという)はもとより、格調高い演出、役者の重厚な演技、撮影技術・・・・・どれも当時の日本映画産業のなし得る最高レベルの贅沢を誇っている。
 それを可能ならしめたのは出資者がほかならぬ日本国だったから。DVD特典映像の新藤兼人監督――この作品で建築監督を務めた――へのインタビューによると、当時映画一本の製作費が6-8万円のところ、この映画はセット代だけで38万円使ったとのこと。内容以外のところでは、費用や期間に頭を悩ますことなく、やりたいことが全部できたのである。

 なにより特筆すべきは、主人公大石内蔵助を演じた四代目河原崎長十郎の存在感たっぷりの風格ある演技である。本当に昔の役者は‘格が違う’と言わざるを得ない。鷹揚とした表情はむろんのこと、身のこなしも口振りも威厳があって、「この男になら命をあずけよう」と家臣たちが思うのも無理もないと感じさせる。(この人の息子は一昔前にテレビドラマでよく温厚な父親役を演じていた河原崎長一郎である。)
 内蔵助の妻おりくを演じている山岸しづ江は、実生活上でも長十郎の連れ添いであった。なので、二人の演技の息がぴったりなのも当然である。しづ江の姉の山岸美代子もまた役者であったが、その娘が岩下志麻である。(つまり、河原崎長一郎と岩下志麻はいとこ同士になる。) フィルムの山岸しづ江の姿に志麻姐さんの面影を探したが、それほど似ていない。志麻姐さんは父親似(野々村潔)なのだな。

 キャストのうち知っている役者がほぼ皆無という中で、当時23歳の高峰三枝子が最後の最後に登場し、ミスキャストぶりを発揮している。切腹が迫っている恋する浪士と最期に一目会うために小姓姿に身をやつす一途な娘の役は、冷徹な大人の美貌をもつ高峰には似合わない。しかも、恋人の自死を前に自らの命を絶って操を捧げるとは・・・。
 おそらく当時国民的スターであった高峰の登用を決めたのは溝口ではなく、情報局だろう。高峰は溝口映画には、後にも先にもこれ一本しか出ていない。
 溝口が選びそうにない女優だもの。

 前後編あわせて3時間40分もあるこの映画には、なんと肝心要の吉良邸への討入りシーンが出てこない。40分くらいはそこに使われるだろうと思っていたので、肩すかしの感があった。
 自分(ソルティ)は時代劇のチャンバラシーンや西部劇の銃撃シーンが昔から好きではないので、別にがっかりということはなかったのだが、世間一般的には「なぜ一番大事な、一番心湧き立つシーンを撮らなかったの?」であろう。
 上記の新藤兼人のインタビューによれば、「リアリズムを重視した溝口監督が討入りシーンを撮るなら、本当に人を斬らなければならないから」とか、「映画全体のトーンを配慮して」とか、「あくまで原作(青山青果)にしたがったまで」とか、確たる理由は明らかでない。
 ここからは推測だが、溝口監督はやはり国策映画を撮らされることに内心忸怩たるものがあったのではなかろうか。
 だから、もっとも観客を興奮させ戦意を奮い立たせる討入りシーンをあえて挿入しないことで、秘めたる抵抗を示したのではないだろうか。
 溝口健二と反戦思想は馴染まない気もするが、孤高の芸術至上主義者で個人主義的であった溝口監督とファシズム(情動に煽られた全体主義)は、まったく相容れない関係のように思うのである。
 
 だとしたら、木下恵介とはまた異なったふるまいによる戦時の芸術家の世過ぎと言うべきか。 


評価:B+

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!