2004年原書房刊行。
2007年文春文庫発行。

 ラストのどんでん返しがスゴイ小説というサイトを見て興味を持った。
 文庫本のカバー裏表紙にも

最後から二行目(絶対に先に読まないで!)で、本書は全く違った物語に変貌する。「必ず二回読みたくなる」と絶賛された傑作ミステリー。

と自信満々紹介している。

 どら一つ、だましてもらおうじゃないの。
 
 一読。
 したたかである。巧緻である。
 最初から、「おそらくこれはアガサ・クリスティの『アクロイド殺し』に代表される叙述トリックだろう」と踏んでいた。
 その通りであった。
 その意味では、さほど吃驚しなかった。
 これと同じタイプの叙述トリックは、たとえば、貫井徳郎『慟哭』や森博嗣『今はもうないSwitch Back』などでお馴染みである。
 ただし、本書のトリックが優れているのは、『慟哭』や『今はもうない』のように‘トリックのためのトリック’に終わっていないところである。言い方を変えれば、上記2つのミステリーの叙述トリックは、はじめから読者にいっぱい食わせることだけを目的として使われている。読み手からすれば、読後に「なんだ、そうだったのか。いっぱい食わされた」で本を閉じて終了する。トリックと物語のテーマには、何ら有機的な関係はない。
 一方、本書の叙述トリックの凄さは、「なんだ、そうだったのか。いっぱい食わされた」とトリックに気づき、再度ページを前にめくってその仕掛けが如何に巧みに張られているかを随所に確認し、「巧緻だなあ」と作者の手腕に感心し、まさに本を閉じた次の瞬間から、この物語の真のテーマが深層からじわじわと浮かび上がってくるところにある。トリックと物語のテーマが有機的に結びついている。
 
 裏表紙の紹介文とは違い、本書は実のところミステリーの範疇には入らない。殺人はおろか何の犯罪事件も起こらない。探偵も刑事も出てこない。真犯人もいない。当然、推理の楽しみもない。徹頭徹尾、ただの平凡極まりない恋愛小説である。
 一人の真面目で不器用な理系の童貞青年が、コンパで出会った一人の可愛い女性に一目ぼれし、恋が始まり、イライラするくらいのスローな進行を経て、二人は結ばれる。/蜜月もつかの間、青年は就職のため上京することになり、遠距離恋愛が始まる。同期入社の都会育ちの魅力的な女性に誘惑され、青年は故郷の恋人を次第に疎ましく思うようになり、最後は廃品のごとく捨てる。
 筋書きは、まったく太田裕美の『木綿のハンカチーフ』そのもの。ご丁寧にも青年は、‘都会で流行の指輪’をプレゼントさえする。
 いったい、この小説はなんだ?
 いまさら何でこんな凡庸なラブストーリーを読ませられなくちゃならないんだ!?
 ――と思いながら読みすすめていくうち、残りのページ数は少なくなり、最後のページがやってくる。
 (いまさら、何をどう、どんでん返しするつもりなんだ?)
 そして、最後から二行め。  
 物語は鮮やかに反転する。
 『木綿のハンカチーフ』だと思っていたものが、『大奥』まがいの権謀術数であることが判明する。
 
 なるほど、読んでいる間はミステリーではない。
 だが、読み終わったとたんにミステリーに変貌する。
 「女」というミステリーに。
 
 したたかだ。
 作者も、女も・・・。