1961年アメリカ。

 原題はThe Innocents(無垢な者たち)
 原作はイギリスの文豪ヘンリー・ジェイムズ(1843-1916)の人気小説『ねじの回転』。
  ジェイムズ作品は、この小説以外にも、ニコール・キッドマン主演『ある貴婦人の肖像』(1996)、ヘレナ・ボナム・カーター主演『鳩の翼』(1997)、ユマ・サーマン主演『金色の嘘』(2000、原題は『黄金の盃』)などが映画化されている。総じて、イギリスの上流階級(有閑階級)の日常を舞台とした人間模様を丹念に品よく、しかし意地悪いほど辛辣に描いている。ソルティの最も好きな作家10人のうちの1人である。
 
 『ねじの回転』は、上質のホラー(怪談)&心理サスペンスで、読み始めたらラストまで一気に持っていかれるほど面白い。難解で、高踏的で、事件らしい事件も起こらず、スティーヴン・キングのような派手なストーリー展開を求める人にとっては「冗長で退屈」なジェイムズの作品群にあって、群を抜いた読みやすさ、ストーリー性、手ごろな長さ、すなわち一級の娯楽作品となっている。おそらく、最も多くの外国語に翻訳され、最も読まれているジェイムズ小説だろう。
 ソルティは大学生の時に原典および新潮文庫で邦訳を読んで、ダイヤモンドのような硬質な文体と卓抜な構成、ゴシックホラーとしての完成度に圧倒された。
 
 この小説の、あるいはヘンリー・ジェイムズという作家の最大の特徴は、「曖昧性」「秘密めいた匂い」にある。
 明らかな事実、シンプルでわかりやすい筋書き、登場人物の行動の心理的裏づけ、だれもが納得ゆく(少なくとも理解できる)結末・・・・こういったものをわざと回避することによって、作品にある種のヴェール(紗)をかける。煙幕を張る。最後にはすべてが白日の下に晒されてスッキリ、という読者が一般に期待するような通常の終わり方をよしとせず、いろいろな筋が謎のうちに曖昧にぼかされたまま、筆が置かれる。
 結果として、ジェイムズの小説は多義的な解釈が可能となり、常に論争の的になる。同じ一つの現象を、ある批評家は「A」と言い、ある作家は「B」と解し、ある読者は「C」と読み、ある研究者は「D」と唱える。で、喧々諤々の論争が始まる。
 論争など無意味だ。そこに正解などない。
 少なくともジェイムズ自身は自分の書いたものの解説をしなかった。曖昧のままほうっておくことが、最初からの彼の狙いだったのだろう。
 そうすることによって、議論を巻き起こし、作品に何か深い意味があるかのように思わせ、読者や批評家の関心を惹きつける、いわば手品師の目くらましのような高等テクニックだったのか。種を明かせば「なあんだ」で興味を失ってしまうことが分かっているから、わざと種を明かさずに「もったいぶった」書き方をしていたのか。
 そうとばかりも言えない。
 
 ジェイムズの小説を読む者は、それを自分なりに解釈することによって、結局「自分」を発見することになる。「A」と解釈した者は、(ジェイムズではなく)おのれの中に「A」という傾向や属性を持っているから、そのように解釈したわけである。同様に、「B」「C」「D」と解釈した者は、それぞれの内面に無意識的にせよ意識的にせよ、「B」「C」「D」を抱えているから、そう読んだ(読めた)のである。
 つまり、ジェイムズの小説は、各々が内面を知るためのリトマス試験紙みたいなものである。

 学生時代、『ねじの回転』や彼の短編集を読んで、その構成や文章の完成度とはあまりに対照的な、ストーリーそのものの「曖昧性」「不完全さ」に戸惑った。真相(=作者の意図)を知りたいと思い、ジェイムズ研究で有名な日本の評論家が書いたものを読んでみた。
 びっくりたまげた。まったく自分が想像しもしなかったような読み方(解釈)をしていたのだ。
「この小説のどこを、どう読めば、そんなふうに読めるのか???」
 同じ小説を読んで、こうも違った解釈があり得るとは思いも寄らなかった。
 自分も若かったので、「いや、これは違うだろう。自分の解釈のほうが妥当だろう。より作者(ジェイムズ)の真意に近いだろう」と心の中で思ったが、今となってみれば、自分もその評論家も同じ穴のムジナ。まんまとジェイムズの手の内に落ちたのであった。

 『ねじの回転』こそは、ジェイムズの「曖昧性」「秘密めいた匂い」がもっとも巧みに、もっとも効果的に打ち出された小説である。幽霊譚、すでに亡くなった人間による手記、という恰好の設定を得て、それらが全編に横溢している。
 結果、読み終わった後に‘解釈したくなる欲求’、‘その解釈を誰かに聞いてもらいたくなる欲求’に襲われる。その解釈こそは、読み手自身の欲望や抑圧の投影なのである。リトマス試験紙というより、心理テストのロールシャッハテストに近い。
 何に見えますか? 

ロールシャッハテスト


 1961年公開のこの映画、原作に忠実に作られている。
 イギリスの田舎の古い屋敷や美しい庭園の風情、登場人物のイメージ、ストーリー展開やセリフ回し、幽霊が登場するシーンのおぞましいまでの不吉感・・・・・・どれも原作を知る者にとって、これ以上にない見事な映画への移管ぶりである。カラーでなく、モノクロ撮影にしたことも画面の緊張感を高め、ストーリーの非現実感(=幻想性)を増幅する効果を上げている。

 上流階級の紳士に雇われて、田舎の美しい屋敷で、彼が後見する二人の幼い子供(マイルズとフローラ)の家庭教師をすることになったミズ・ギデンズ(=デボラ・カー)。可愛い兄妹になつかれて、家政婦のグロース夫人とも仲良くなり、はじめのうちは楽しく明るい日々を過ごしていた。が、屋敷内に‘いるはずのない’不吉な人影を見たことがきっかけとなり、だんだんと屋敷や子供たちの不自然さに気づく。グロース夫人に詰問したところ明らかになったのは、以前の使用人クイントと家庭教師ジョスルの間にいびつな愛憎関係があり、二人は屋敷内であいついで変死を遂げたとのこと。生前の二人が子供たちに「何かおぞましい」影響を与え、亡くなった今も「悪」へと引きずり込もうと企んでいるのを確信したギデンズは、子供たちを守るために一人悪霊たちと闘う決心をするのであった・・・・。

 家庭教師役のデボラ・カーの演技が秀逸である。『王様と私』『地上より永遠に』あたりが彼女の代表作だろうが、こんなに上手い女優だとは思わなかった。つつましやかな物腰のうちに凛とした美しさがあり、責任感ある子供思いの大人の女性という一面と、性的抑圧に置かれている想像力たくましい牧師の娘という一面を、見事に融合させた人物造型をつくっている。
 霊的現象が続き、子供たちがどうにも自分の思い通りにならないストレスの中、ギデンズが次第に精神的に追い込まれ、前の一面があとの一面へと傾斜してゆき、次第に常軌を失ってゆく過程を、リアリティ豊かに、鬼気迫る迫力で演じている。しかも、原作の持つ「曖昧性」を壊すことなく、ギデンズだけに見える幽霊が「現実なのか」、それとも彼女の「妄想なのか」、両義性を宿した巧みな演技で、観る者の想像力を刺激する。
 デボラ・カーはオスカーに縁のない名女優として有名だったそうだが、この演技でオスカー取れないとは・・・。

 この小説をはじめて読んだ時、自分はそこに「ホモセクシュアルなもの」を嗅ぎ取った。亡くなった使用人クイントは、マイルズ少年に‘何か邪悪なこと’を教えていたらしいのだが、それが同性愛ではないかと思ったのだ。オスカー・ワイルドの裁判に見るように、当時(19世紀)のイギリスなら、間違いなくそれは‘邪悪’だったから・・・。
 もちろん、自身の内面にあるものを作品に投影したゆえの解釈である。
 が、一生妻帯しなかったヘンリー・ジェイムズはどうやらホモセクシュアルな傾向を持っていたらしい。恋男に書いた恋文が最近見つかったというニュースを目にした。
 また、この映画の脚本を書いているのは、あの‘歩くカミングアウト’『ティファーニで朝食を』『冷血』で有名な作家トルーマン・カポーティである。
 制作者が確信犯的にそのあたりを意識しているのは間違いなかろう。

 一方、この映画ではミス・ギデンズの性的抑圧がかなり濃厚に描き出されている。聖職者の娘として厳しく躾けられ、羽目をはずすことなく(男を知らず)四十路を迎えたオールドミスが、襟元・袖口まできっちりとボタンを閉めた一分の隙のないドレスを着て、クイントとジョスルのみだらな逢引の妄想に取りつかれる。邸内で彼女が目にし、それをきっかけに不安に襲われる事物が、「塔」や「鳩」であるのは暗示的である。つまり、それらはフロイト的にいえば男根の象徴だからだ。
 欲求不満の抑圧の強いオールド・ミスが神経を病んで妄想にかられて起こした悲惨な事件。
 そういったトニー・リチャードソン監督『マドモアゼル』風の読み方も可能なのである。

 えっ? これもソルティの内面の投影だって?
 ほっとけ。
 

評価:B-

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!