マザーテレサ闇の聖人

2014年女子パウロ会発行。

 2016年9月4日、マザーテレサ(1910-1997)は聖人となった。
 通常なら列福・列聖は、対象者の死後数十年から数百年の厳しい調査を経て認定されるというから、死後19年にしての列聖はそれ自体奇跡である。
 だが、この世で最も貧しい人、病いや差別や孤独に苦しむ人への無限の愛と、どんな政治家や実業家や慈善家も太刀打ちできないほど崇高にして革新的な活動と、それを支えた意志の強さと信仰の深さとを、メディアを通じてリアルタイムで目撃してきた我々にしてみれば――ソルティは最後の20年くらいだが――列聖は少しも分不相応な気も、早すぎる気もしない。列福や列聖には当人が成した奇跡の証拠が必要とされるらしいが、そんなルールはまったくのナンセンスと一笑に付したいほど、マザーテレサの聖性(=超人ぶり)は際立っていた。
 ソルティも少年の頃から、マザーについて書かれた伝記や記事やドキュメンタリーフィルムに触れてきて、「この世の光」「神の使者」「地上で一番清らかな魂を持つ人」「20世紀最大の偉人」というイメージを持ち続けてきた。本書の表紙の顔写真が示すように、「どんな時でも微笑を絶やさず、常に神の姿を見、常に神の声を聴いている、真に神に選ばれ愛された幸福な人」という印象があった。
 なので、この本は実に衝撃的だった。
 というのも本書には、マザーテレサが87年に及ぶ生涯の実に半分以上の歳月を、それもあの有名な1946年の汽車旅行中の召命『インドのスラムに入って最も貧しい人々に仕えよ!』に応えて、彼女の長上である神父や司教、果ては法王までに根気強い熱心な懇願を重ね、ついにはコルコタ(カルカッタ)のスラムに「神の愛の宣教者会」を設立し、シスターたちと活動を始めた、いわばシスターテレサが‘マザーテレサ’になった重要な節目である1950年(当時40歳)を皮切りに、おそらくは亡くなる直前まで、彼女が『霊的暗闇』に居続けていたことが、赤裸々に記されているからである。

 この本は、「使命声明文」の見地から見た、マザーテレサの内的生活の深さを真っ直ぐ掘り下げるものである。その作業は神学的研究というより、むしろこれまでに知られなかったマザーの内面生活のあり方を示すものであり、それをとおしてわたしたちは、彼女の不屈の信仰と、神と隣人への強烈な愛をより深く知ることができるようになる。(本書P.13、以下同)

 インドでの精力的で地道な活動を開始した直後から彼女を苦しめていた「暗闇」は、次第に深く強烈なものになり、耐え難くなったマザーはついに贖罪司祭に告白する。
  
わたくしのイエス
 子ども時代からあなたはわたくしを呼ばれ、あなたのものとしてくださいました。そしてわたくしたちは同じ道を歩いていましたのに、イエスよ、いま、わたくしは道を間違えました。
 地獄にいる人びとは神を失ったために、永遠の痛みを苦しんでいると言われます。彼らにほんの少しでも神を所有する望みさえあれば、すべての苦しみをとおり抜けられるでしょうに。わたくしの魂の中では、神がわたくしを望まれず、神が神ではなく、神が実在しないというその喪失による激しい痛みを感じます。
(中略)
 わたくしは何のために働いているのでしょう。もし神が存在されないなら、人びとの魂も存在しません。もし魂が存在しないなら、イエスよ、あなたも真実ではありません。天国、何という空無、わたくしの心には天国の思いは、ひとかけらも入ってきません。希望がないからです。
(中略)
 わたくしの心には信仰も愛も信頼もありません。多くの苦痛があるだけです――思慕の痛み、不要者としての痛みです。魂の全力をもって神を欲しますが、わたくしたちの間には恐ろしい分離があります。わたくしは、もう祈っていません。
 (贖罪司祭の求めに応じて1959年9月に書かれたイエスへの手紙、P.314-315)

 実に驚くべき告白ではないか。
 これが、神父や司教ら霊的指導者以外の誰にも見せなかったマザーテレサの真実の姿だったのである。
 神との断絶を語るマザーの正直さ、率直さにも驚くが、この心の暗闇状態が残りの生涯――ほんの一ヶ月のオアシスのような光の時期をのぞいて――ずっと続いていたという事実、しかしそうでありながらも、確たる信仰と輝くばかりの微笑みをもって、たいへんな労力と忍耐とを要求される活動を清貧と従順のうちに続けていたという事実に、驚嘆せざるをえない。彼女の周囲で一緒に働いていた誰一人も、この秘密に気づかなかったのである。

 公開を前提としていないマザーの手紙――彼女は送った相手に何度も破棄を懇願していた――を頼りに、マザーの抱えていた「暗闇」の実態と、それとどうマザーが向き合い耐え抜いたか、そして最終的には受け入れていくようになったかが、克明にたどれられる。これまでメディアで描かれてきたマザーが「おもて」とすると、ここに描かれるのは「うら」のマザーである。ソルティが知っていたマザーを「光」とすると、こちらは「闇」のマザーである。
 人間は、人の心は、なんとまあ深遠にして複雑怪奇なのだろう!
 
 しかし、本書の版元がカトリック教会(女子パウロ会)であることが示すように、この本はマザーの隠された暗部を暴きたて、聖性に疑問を投げかけ、マザーの偉大さや栄光に泥をなげつけるような、扇情的かつ卑しい動機から書かれているものではもとよりない。
 反対に、聖人に列されるほどの信仰篤き・徳高き人間にも――あるいはそれほど常人離れしていたからこそか――そのような暗部があるという逆説の解明を試みつつ、「闇の正体は何か」を読む者に示唆し、マザーテレサの苦しみを十字架上のイエスの苦しみになぞらえつつ、測り難い神意の奥深さを讃え、真の信仰とは何かを読む者に感得させる。そこにこそ、マザーの手紙の受取人たちが差出人のたっての願いを無視してまで今日まで手紙を保管し続けてきた理由が、そして聖者マザーテレサのイメージ失墜の恐れもまったくないわけではないにもかかわらず、教会があえて本書を出版した意図が存在するのだろう。
 
絶え間ない強烈な霊的苦悩に打ちひしがれることもできたのに、彼女は逆に非常な喜びと愛に輝いていた。その生活が信仰そのもののうえに立てられていたので、彼女は真の希望の証しとなり、愛と喜びの使徒となった。(P.16)

戸田交響楽団 004


 マザーが「暗闇」を受け入れられるようになったきっかけは、神に見捨てられたかのような自らの不幸な状況を、マザー自身が日々スラムで出会う貧しく孤独な人びとの不幸な状況に重ねあわせて見られるようになったことにある。

拒絶され、愛されず、求められない街路に放置された貧しい人びとの物理的状態は、わたくし自身の霊的生活、イエスに対するわたくしの愛の今の姿でありながら、この恐ろしい痛みは、それを変えようという望みをおこさせません。それどころか、神がお望みになるかぎり、ずっとこのようでありたいと思わせます。(1962年に書かれた神父宛ての手紙、P.379-380)

内面の暗闇は、貧しい人びとの感情を理解する可能性をマザーテレサに与えた。「最大の悪は、愛と愛徳の欠如、搾取、買収、貧困、病気に襲われて道ばたに生きる隣人に対する、情け知らずの無関心である」と彼女は後に言うことになる。(P.381)

 つまり、マザーは神に見捨てられたのではなく、まさにその逆だということだ。
 召命を受けてスラムに飛び込む前に、マザーはまさに「スラムの人と共に、スラムの人のように生きる」ことを決意し、祈っていた。それは、「貧しさ」という物質的欠落による共通点ばかりではなく、「誰からも顧みられることなく無関心に捨て置かれる」精神的疎外による共通点をも包含したのである。後者の共通点なしには、マザーの活動は真の意味で助ける相手への共感に基づいたもの、すなわち「ピア(peer)」なものにはなり得なかったであろう。どこかで「神に愛された、心豊かな私」が「誰からも愛されない、可哀想な貧者」を救い上げるといった、上から目線なものになったかもしれない。ヨーロッパの裕福な愛情あふれる家庭で生まれ、本当の貧しさも自暴自棄に至るような絶望も知らずに健やかに育った少女が、自らとはまったく正反対の立場にいる人びとの‘ふところ’に入り込むためには、「暗闇」は必要不可欠な試練であり秘密兵器だったという解釈が成り立つ。
 マザーの祈りは十全に叶えられた。
 
ほかの人たちのために光を与えようと時間を使う人たちは、往々にして自分たちは暗闇に留まるのです。(1964年に書かれた手紙、P.405)

 「暗闇」に留まりながら、それを受け入れたマザーは、最終的には「暗闇」を愛するようにさえなる。

自分が感じている空無を、神にささげることができるというのは、何とすばらしい神からの賜物でしょう。この賜物を神にささげることができることで、わたくしはとても幸せです。(1995年、亡くなる2年前に司教に語った言葉、P.531)

 ソルティはクリスチャンでも宗教学者でもなく、一介の仏教徒に過ぎない。なので、神学的なことはまったくチンプンカンプンであるのだが、そこを抜きにして、単純に「神不在」の境地にありながら、神を愛し、信仰を貫き、自らが使命と定めたことを不屈の精神でやり遂げたマザーの‘人間的’偉大さに、「奇跡」以上のものを見る思いがする。人間はここまでできるのか・・・という畏敬の念を込めて。
 同時に、マザーがこのような暗部を終生持ち続けていたという事実、あれほどの聖人においてさえ「苦」とは無縁でなかったという事実は、イメージの損傷につながるどころか、むしろマザーをより身近に――隣人のように――感じさせる。
 今や一層の親しみを覚える。
 なぜなら、マザーの「暗闇」は、ソルティにとっても――孤独と絶望の淵にいる誰にとっても――親しいものだからである。「暗闇」を身内に抱えながら、そこから逃げることなく、見て見ぬフリをすることもなく、自暴自棄になることもなく、あたかも原石を素手で磨いてダイヤモンドにするように、終生それと向き合って丹念に世話(ケア)してきたマザーのような人がいたことは、’闇の住人たち’の大いなる慰めと助け、指標となるに違いない。「私がもし聖人になるとしたら、闇の聖人になります」とマザーが言い遺した真意は、そのあたりにあるように思う。 

 最後に、一仏教徒として、マザーの「暗闇」について思うところを少々。
 マザーテレサの苦悩の核心はつまるところ、最初の引用中にある「もし神が存在されないなら、人びとの魂も存在しません」という一文に集約されよう。
「神の存在を信じられない」
「魂の存在を信じられない」
 真摯なクリスチャンにとってはまさに驚天動地の恐るべき事態である。
 だが、仏教徒にとって――少なくともテーラワーダ仏教徒にとって――この2つは、修行の最初の段階で確信すべき真理である。
 仏教では、世の中を創造し統べ給えるアラーやエホバのような絶対神を想定しない。神はいることはいるが、人間とは違う次元に棲む、人間より幸福な生命体(しかも膨大数)といった存在でしかない。神よりも、輪廻転生からの解脱の道を開いた人間ブッダのほうがずっと偉いとする。また、「諸行無常」「諸法無我」なので、永遠不滅の実体などないとする。魂は存在しない。
 マザーが抱え苦しみぬいた「暗闇」は、仏教徒の常態である。「神を失ったら地獄に墜ちる」ならば、まことの仏教徒はみな地獄行きである。

 思うに、マザーがかくも苦しんだのは、彼女が神や魂の実在を信じ、実在する確証を求め続けていたからではなかろうか。かつて、その声を聴き、至福のうちに‘臨在’を体験していただけに、‘非在’の苦しみは熾烈なものだったのだろう。
 マザーがもし――マザーがもし、テーラワーダ仏教に改宗していたら、「暗闇」がそのまま「解放への扉」であることに気づいて、重荷を降ろした如く楽になって、あっという間に悟りを開いて、阿羅漢となって解脱していたのだろうか?
 
 でもその場合、あれだけ途方もない事業は成し得なかったであろうし、世界中の人にこれほど深甚なる影響を及ぼすこともなかったに違いない。



紫の薔薇2