日時 2月12日(日)14:00~
会場 杉並公会堂大ホール(東京都)
曲目
  • シベリウス/交響詩「フィンランディア」
  • チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
  • ドヴォルザーク/交響曲9番ホ短調 作品95「新世界より」
  • (アンコール)ドヴォルザーク/スラブ舞曲 第1集 第1番
ヴァイオリン独奏 大島茜(OB交響楽団コンサートマスター)
指揮 松岡 究

 30分前に会場に着いたら、すでに95%(1190席×0.95≒1130席)の充填率。あと10分遅かったらアウトだった。指揮者を正面から見下ろす、オケの後方上部にある席にかろうじて座れた。ここから見渡すと、びっしり埋まった客席が壮観である。
 長い伝統を誇るOB交響楽団の人気と大量の招待状投与。五大ヴァイオリン協奏曲の一つとクラシック随一の有名曲『新世界より』というゴージャス極まりない組み合わせ。満員御礼も無理ないと思うのだが、やっぱりここ最近のクラシック人気はただごとではない。定年退職した頃合いの男性一人客、あるいは高齢のカップルが多いように見受けられる。
 ソルティの隣に座った初老カップルは、妻のほうが亭主に本日のプログラムの内容についてあれこれ指南していた。
「チャイコフスキーって同性愛だったのよ。最後はそれがばれて毒を飲んで自殺したのよ」
「ドヴォルザークは50歳過ぎてからアメリカに招かれて『新世界』を作曲したんだけど、ホームシックになってチェコに戻ったのよ」
「松岡究(はかる)さんの愛称はキュウちゃんっていうのよ」
 
 シュワッ!
 

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杉並公会堂はウルトラマン誕生の地とされている


 今回は一曲目から躍動感ある選曲で、会場のボルテージが瞬く間に上がった。この雰囲気のまま2曲目のヴァイオリン独奏者にバトンタッチされていくのは賢いやり方と言える。
 チャイコのヴァイオリン協奏曲は、まことに甘美でロマンチィクで情熱的な名曲であるが、ヴァイオリニストには超絶技巧が要求される。チャイコフスキーから渡された楽譜を見た当時ロシア最高のヴァイオリニストであったレオポルト・アウアーが、「演奏不可能」と言って初演を拒絶した話は有名である。実際、初演は惨憺たるものであった。
 超絶技巧(=難解さ)はCDで聴くだけでも十分わかるのだが、今回たまたまステージの上というヴァイオリニストの左手の動きがよく見える位置に座したこともあって、本当に凄いテクニックが要求される曲であることが実感できた。唖然とする指捌きだ。
 連想したのは、フィギアスケートである。
 
 ここ数年、男子のフィギアスケートは四回転ジャンプの競い合いになっている。一つのプログラムに四回転を何回入れることができるか、何種類の四回転を跳ぶことができるか、四回転と三回転を組み合わせた連続ジャンプができるか・・・といったことが、勝敗を決めるポイントになっている。四回転を跳べない選手はもう国際大会で上位に入ることはできないだろう。
 だが、このような状況になったのはつい最近のことで、数年前まで四回転ジャンプができる男子選手はロシアのエフゲニー・プルシェンコやアレクセイ・ヤグディンなど数名に限られていた。四回転を決めたプルシェンコが、三回転しか跳ばなかったエヴァン・ライサチェクに金メダルを許したバンクーバ・オリンピック(2010)は記憶に新しい。高橋大輔は四回転ジャンプにこだわり特訓を続けていたが、本番ではなかなかきれいに決めることができなかった。(それだけに応援する側もハラハラし通しであった)
 それが今や「四回転できぬは人にあらず」の勢いで、次から次へと若い選手がポンポン決めている。
 世界で最初に四回転ジャンプに成功したのは、カナダのカート・ブラウニングで1988年のことである。それまでは、「三回転が人間の限界、四回転は夢のまた夢」みたいなものであったろう。
 人間の潜在能力&学習能力というのはすごいものである。どんな難題でも、だれか一人が「できる」ことを証明してしまうと、どんどんと後続が現れる。
 
 このチャイコのヴァイオリン協奏曲も、一流ヴァイオリニストによる「演奏不可能」の烙印を裏切って、今日では日本のアマチュアオーケストラのコンサートマスターが何の造作もなく(のように見える)完璧に弾ききってしまうのである。
 もちろん、テクニックは前提条件であり、そこから真の表現行為はスタートするのであるが・・・。
 この曲は映画『オーケストラ』で主役を演じている。聴いていると、どうも映画のシーンがあれこれ浮かんでくる。『ベニスに死す』とマーラー5番のように、映像とクラシック音楽との完璧なる結婚の一例であろう。

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 『新世界より』は徹頭徹尾‘気合い’のこもった迫力ある演奏であった。座席位置のせいかもしれないが、金管楽器の音がよく響いて、実にカッコよく勇壮で気分爽快。自信を持って吹いているところが、さすがベテラン揃いと感じた。「ブラボー」も盛大な喝采もアンコールも当然と言える好演。満席の圧力が指揮者とオケのメンバーを奮い立たせたのであろう。

 ソルティは『新世界より』を聴くといつも「全米的」と思うのだが、この曲は標題音楽ではないので、ドヴォルザークは別にアメリカを描写しようとしたわけではないと言う。
 いったいなんで「全米的」と感じるのだろう?
 今回その答えが分かった。
 ソルティが「全米的」と感じるのは、この曲からマールボロ風なもの、つまり西部劇的なものを聴き取るからである。とくに第一楽章にその傾向が強い。馬に乗ったカウボーイが夕陽に向かって走り去っていくイメージが連想されるのだ。

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 だがこれ、順番が逆なのだ。
 ソルティが幼いころから父親と一緒にテレビで見ていた西部劇(主として50~60年代に制作されたもの)に使われていた音楽こそが、『新世界より』をはじめとするドヴォルザーク作品の影響を色濃く受けていると考えるのが理にかなっている。
 たとえば、「マールボロCM」のテーマすなわち映画『荒野の七人』、『大脱走』、『十戒』、『ゴースト・バスターズ』のBGMを作曲したエルマー・バーンスタイン(1922-2004)は、もともとクラシック音楽を学んでいた。ドヴォルザークがアメリカに招かれたのも、アメリカの音楽に新たな風を吹き込まんためだったのである。

 アメリカのクラシック作曲家の多くは、19世紀後半まで完全にヨーロッパのモデルの中で作品を作ろうとしていた。高名なチェコの作曲家、アントニン・ドヴォルザークは、1892年から1895年にかけてアメリカを訪れた際に、アメリカのクラシック音楽は、ヨーロッパの作曲家の模倣に代わる新たな独自のモデルが必要だと繰り返し語り、その後の作曲家がアメリカ独自のクラシック音楽を作るきっかけとなった。(ウィキペディア「アメリカ合衆国の音楽」より抜粋)
 

 考えてみたら、アメリカに足を踏み入れたことのないソルティが、何を持って「全米」をイメージするかというと、これまでに読んだアメリカ小説や漫画(ピーナッツシリーズ等)、これまでに観たアメリカ映画やテレビドラマやミュージカル、これまでに聞いたアメリカの音楽(ポピュラーソング、黒人霊歌、ジャズ、カントリーソング、映画のサントラ)などの材料から作った「ごった煮」なのである。19世紀末のドヴォルザークの訪米は、この「ごった煮」の味付けに相当影響しているのではなかろうか?
 
 『新世界より』終了後、万雷の拍手の中で初老カップルの亭主が妻にささやいた。
「この曲途中で『遠き山に日は落ちて』が出てきろう? ドヴォルザークは日本に来たことあるのかな?」
 
 「全米」が『新世界より』を生んだのではなく、『新世界より』が「全米」を産み落としたのかもしれない。
 

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