ブックオフの漫画コーナーに行くと、必ず作家名「な」の陳列棚に寄る。永久保貴一の新しい作品が入っていないかチェックするのだ。どうやら自分はこの人のファンらしい。
 ファンならば書店で定価購入すべきなのかもしれないが、「貧乏金なし」。
 せめてこうしてブログで紹介し、読者を増やす一助になれば・・・。


封じられた霊能力
 

 今回は、なんと2冊も未読のものが並んでいた。
 『封じられた霊能力』(大都社)は、永久保一家の友人であり永久保の心霊ドキュメント作品にたびたび登場するHさんが活躍する。
 幼いころから霊的現象に悩まされ、中学生のときに力のある霊能者に霊能力を封じ込めてもらった女性。大人になったある日、突然封印が破れ、ふたたび身の回りで霊的現象が多発する。困り果てた彼女は、知り合いを通じて永久保とHさんに相談に来る。
 話の後半では、いま一人の永久保心霊コミックの主人公である霊能者・井口清満(いぐちきよみつ)が登場する。同じ相談者に対して、Hさんと井口の対処の仕方が異なるところが面白い。これはどうやら霊というものに対する考え方、相談者に対する見立ての違いから生じているらしい。

多くの人が霊って言ってるのは、人が出していた気や思いが残ったものだよ。それにいい気を当てて自然の気の状態に近づけることが浄霊。(Hさんのセリフ)

浄霊は、霊が整然思い残したことを解消してあげること。たとえば遺族に伝えなきゃならないことを伝えてあげれば、霊の心残りは解消され浄化されていく。(井口のセリフ)

 二人の‘霊観’の違いに戸惑う永久保は、このように整理し納得しようとする。
 
どーも、霊を上に行く魂(こん)と地上に残る魄(はく)に分けて考えるところまでは、Hさんも井口さんも同じみたい・・・。違いは魄の人格を認めるかどうかのようです。(永久保のセリフ)


中国の道教では魂と魄(はく)という二つの異なる存在があると考えられていた。魂は精神を支える気、魄は肉体を支える気を指した。合わせて魂魄(こんぱく)とも言う。魂と魄は易の思想と結びつき、魂は陽に属して天に帰し(魂銷)、魄は陰に属して地に帰すと考えられていた。(ウィキペディア「魂魄」より抜粋)


 ソルティは仏教徒なので、人格のようなものを持った永遠不滅の「魂」の存在は信じていない。けれど、「魄」という考え方は一考の価値があると思った。Hさんは魄を「気の塊」と表現しているが、死んだ人が残した「気の塊(つまり念)」を、見る人が見れば「霊」と認識するというわけだ。霊とは「存在する」ものではなく、「認識する」ものなのだろう。脳は、人は、生命は、「認識する」ものを「存在させる」。(その意味で、「幽霊は存在するか、しないか?」という問い自体がナンセンスである)
 「気」というのが、この世のいろいろな現象を読み解くキーワードなような‘気’がする。
 
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 『永久保交幽録』(ぶんか社)は、実在の琉球ユタの一人である‘はる’のエピソードをまとめたもの。ユタとは沖縄の霊能者(シャーマン)を指す。

ユタは、凡人にはなし得ない霊界のすがたや動きを見通すことのできる霊能力者であると見なされているが、ユタ信仰は迷信だという観念は沖縄の教育者や知識人の間に一般化しており、公式の場では穢らわしい、はしたないと軽蔑して口にも出さない。

個人レベルあるいは共同体レベルにおいて、人為の限りを尽くしても、なお解決し得ない問題につきあたったとき、その最終的決断を下すきっかけをユタの吉凶判断(ハンジ)に求めようとする傾向は、現在でも薄れていない。こうしたユタを利用する行為は「ユタ買い(ユタコーヤー)」といわれ、通常は2〜3人のユタの判断を仰ぐ。依頼者はかなりの額の費用を厭うことなくユタに支払う。沖縄県には「医者半分、ユタ半分」ということわざが古くからある。(ウィキペディア「ユタ」より抜粋)

 現代に生きるユタ‘はる’は、スピリチュアルカウンセラーとして多くの相談を受けているほか、ミュージシャンとしても活躍している。コミックに掲載されている写真で見る限り、竹野内豊と綾野剛を足して2で割ったようなイケメンである。さぞかし女性人気の高いことであろう。
 本作品では、‘はる’がこれまでに体験した不思議な出来事や実際に受けた相談事例が紹介されている。
 面白かったのは、永久保とぶんか社の2人の編集者が‘はる’の浄霊を受けるエピソード。普段、首や肩の凝りで悩まされている3人は、‘はる’の浄霊を受けるや痛みとともに凝りがほぐれ、体が軽くなったことを実感する。

肩凝り・腰痛で悩んでる人は、だいたい人の念が入っちゃってる。それを取るとほとんどの人は症状改善しますよ。・・・・・
左側に入ってるのは生霊の場合が多い。
(‘はる’のセリフ)

 ここを読んで「あっ!」と思った。
 ソルティも左肩、左腕、心臓など左上半身が凝ることが最近多いからである。
 休日に山歩きして新鮮な大気に触れると、引き攣るような痛みが体表に浮き上がるように起こって、しばらくすると抜けていく。体が軽くなる。
 
 生霊――だったのかあ!! 

 としたら、正体はあいつか、こいつか。
 あの人か、この人か。
 思い当たるフシが多すぎ(苦笑)! 

 やっぱり、山登りと神社めぐりは続けたほうが身のためだ。

 ん?
 ‘気’のせい?
 職業病?