ポートレート

日時 2017年3月29日(水)18:00~
会場 杉並公会堂大ホール
曲目
  • デュカス: 交響詩「魔法使いの弟子」
  • ビゼー: 組曲「カルメン」第1・第2より抜粋
  • ラフマニノフ: 交響曲第2番ホ短調 作品27
  • アンコール ルロイ・アンダーソン: 「忘れられし夢」
  • アンコール チャイコフスキー: 「くるみ割り人形」よりロシア舞曲トレパーク
指揮 小森康弘

 
 開演前の会場ロビーでは花束や記帳を受け付けていたり、礼服に身を包んだ演奏者が緊張しつつも晴れがましい顔で家族や友人らと談笑していたり、おめでたい空気が流れていた。
 「マルシェ」とはフランス語で「市場」という意味だそうだ。
 「カレー市場」だったのか・・・。

オーケストラ・マルシェは、2013年に医療系大学に入学した同期を中心に結成された学年オーケストラです。「関東医科学生オーケストラフェスティバル」や「全日本医科学生オーケストラフェスティバル」など医療系学生から成るオーケストラ(通称「医オケ」)で出会ったメンバーを中心に、北は北海道から西は福岡まで様々な大学に所属する人で構成されています。(当日配布プログラムより抜粋)

 ステージ上に並び居るは、医師・歯科医師・薬剤師・看護師の卵ら総勢120名弱。なんとも有難い光景である。
 言われて見れば、みな頭が良さそうで、お坊ちゃま・お嬢様っぽい雰囲気。
 医療職オーラーに圧倒されるのは、ソルティが介護職だからか・・・・・・(苦笑)

 ディズニー映画『ファンタジア』(1940年)を観たことのある人なら、ミッキーマウスを思い浮かべずに「魔法使いの弟子」を聴くのはまず無理である。あれだけ良くできているアニメとクラシックの融合は他にあるまい。
 著作権が切れてパブリックドメインになっていることだし、この曲を演奏するならスクリーン上映つきにしてはどうだろうか。聴衆、とくに子供たちが喜ぶこと間違いなし。
 マルシェが技術的に優れたものがあり、音のバランスの良いことが、一曲目から分かった。 

fantajia


 ビゼー「カルメン」は実に魅力的なメロディー満載である。久しぶりに生オペラが観たくなった。
 作品のテーマは、ずばり恋の狂気である。真面目で純朴な男が、野生的で奔放な女性に誘惑され、一途にのめり込み、やがて裏切られ、愛が憎しみに転じて、相手の命を奪う。 
 西洋オペラには、というか西洋文学にはこの手の作品――恋(女)に翻弄される一途な男を描いたもの――が結構ある。すぐに思いつくものでも、『道化師』、『マノン・レスコー』、『椿姫』、『オテロ』、『若きウエルテルの悩み』、『ロリータ』、マレーネ・ディートリッヒの『嘆きの天使』・・・。そこには、西洋の男たちの‘ファム・ファタール(運命の女)’願望が潜んでいるように思う。
 翻って本邦を見るに、恋に狂うは女の役目といった感が強い。和泉式部、六条御息所、西鶴一代女、八百屋お七、岡本かの子、阿部定・・・。日本の男たちは妙に恋には冷静というか淡白というか、逃げ腰なのである。例外は谷崎潤一郎作品に出てくるM男くらいか。
 が、命を賭すほど恋に狂う日本男児の姿を描いた文芸作品の膨大な貯蔵庫も実はあるにはあって、それはなんと衆道もの――すなわち「男と男の恋」なのである。
 日本の男の特異性ここに極まれり。
 ・・・・ともあれ。
 マルシェの「カルメン」は技術的には十分客を呼べるレベルではあった。が、恋の狂気を表現するには及ばず。これは団員の恋愛偏差値(経験)云々のせいというよりも、おそらくは文学性に不足しているせい? 理系の集合だから仕方ないのかもしれない。こういう場合、メリメの『カルメン』を読む、あるいはプラシド・ドミンゴかホセ・カレーラス主演のDVDを観ることを必須として、本番に臨んではどうだろうか。
 
 ラフマニノフの交響曲第2番。
 一橋大学でのオーケストラ・イストリアの熱演を聴いたばかりなので、どうしても比較してしまう。イストリアの2番より1.5倍は長く感じた(特に第1楽章)。
 第3楽章のクラリネット独奏は情感あって良かった。涙腺を刺激された。大所帯による第4楽章も迫力あり、大詰めは興奮させられた。
 
 アンコールのルロイ・アンダーソン「忘れられし夢」。
 単調なれど、実にきれいで懐かしいメロディーをマリンバ――たぶん。座席が前過ぎて奏者が見えなかった――が切なげに奏で、会場全体を昔日の思い出に浸らせるかのようであった。どこかで聴いた曲と思ったが、帰宅してから思い出した。トビー・フーパー監督の『ポルターガイスト』(1982)のテーマ曲(ジェリー・ゴールドスミス作曲)に似ている。
 ソルティも、ステージ上の団員らと同じ年頃だった昔に一瞬かえって、こう思った。
「管弦楽やっていれば良かったなあ~」
 しかし、ソルティは当時、物書きになりたかったのである。
 忘れられし夢――。
 こうして不特定多数の読者相手にブログを書いているのだから、叶ったようなものなのか・・・・・。 

 クラシック音楽を愛し、全国に‘医と音’の友を持つ彼らが、患者にやさしい聡明な医療従事者になってくれるのは間違いあるまい。