2016年河出書房新社刊行
「アジール」とはなにか。
犯罪者、負債者、奴隷などが逃げ込んだ場合に保護を得られる場所。世界各地にわたって聖地や寺院などにその例が見られるが、法体系の整備とともに失効している。聖庇、聖域、避難所。(小学館『日本国語大辞典』より)
元来はヨーロッパの法制度と宗教観念を背景に生まれた言葉なので、該当する適切な日本語は存在しない。
ここで著者は、「何らかの形で国家権力や法律制度の枠外にある地域」を指して、「アジール」という言葉を使っている。そして、日本におけるアジールの恰好の例として、遅くとも半世紀ほど前までは日本のあちこちに点在し、その後消滅してしまった「セブリ」を挙げている。
在野の民俗研究家にして卓抜なるエッセイストである筒井功の最新刊は、日本各地にあったセブリについての記録の数々である。
セブリは非定住民らのあいだで広く使われていた一種の隠語で、動詞形だと「セブル」となる。それは「フセル(伏せる、臥せる)」の転倒語だとされている。意味は「住む」「泊まる」「寝る」などであり、セブリはそのような場所のことである。乞食または一見してそう思える人びとは、しばしば普通民の近づかない土地に集住して、そこをセブリとしていた。
本書では、栃木県高原山の麓の「仏沢」、福島県原町石神の「土窟」、大阪市天王寺にあった「ミカン山」、埼玉県比企郡の「吉見百穴」、高知県土佐市清水市の「箕作」、岡山県の旭川ダムの流域・・・など、著者が実際に足を運び、古くから土地に住む古老に話を聞き、文献を調べ、あるいは実際にセブリしていた人の縁者を取材し、あとは推理と世間知と想像の力によって再構成した在りし日のセブリの姿が描かれている。
ソルティは上記の吉見百穴だけ小学校の遠足で行った。古墳時代後期の横穴墓群の遺跡とされているが、小学生のソルティはちょうどテレビで放映されていた『はじめ人間ギャートルズ』(原作は園山俊二のギャグ漫画)の影響で、原始人の住居跡という勝手な思い込みをもった。太平洋戦争時は地下軍需工場として利用するため坑道が掘られている。
遠足での一番の思い出は、斜面を歩いているときに足が滑って落下しそうになったことである。そばにいた女の子が差し伸べてくれた手につかまって一命を取り留めた(と思っている)。今はどうか知らないが、当時はあまり観光用(すくなくとも子供の遠足用)には整備されていなかったので、ずいぶん危険なところもあったのだ。
遠足での一番の思い出は、斜面を歩いているときに足が滑って落下しそうになったことである。そばにいた女の子が差し伸べてくれた手につかまって一命を取り留めた(と思っている)。今はどうか知らないが、当時はあまり観光用(すくなくとも子供の遠足用)には整備されていなかったので、ずいぶん危険なところもあったのだ。

吉見百穴
セブリにはどういう人たちが暮らしていたか。というより、どういう人たちがセブっていたのか。
サンカと呼ばれた人たちである。
筒井の定義によると、サンカとは「箕(み)、筬(おさ)、川漁などにかかわる無籍、非定住の職能民」である。箕は農具、筬は機織りに用いる道具で、どちらも竹を主原料とする。サンカは、竹林をもとめて移動し、普通民の邪魔にならない目立たぬところに竹や藁や布を材料とする仮の宿(セブリ)をこさえ、家族ぐるみで箕や筬をつくっては周辺の農民たちに商いし、一定期間が過ぎるとまた別の竹林と商売相手をもとめて移動する。あるいは川の流域を上下しながら漁をする。生涯定まった家を持たず、籍も持たず、名字もない。結婚は地域を離れたサンカ同士の間で行われる。
こんな世過ぎをしていた人たちが、ほんの半世紀余り前まで日本にいたのである。文化・風習はこれとまったく異なるが、「日本のジプシー」と譬えれば、イメージを描きやすいであろう。
著者によれば、サンカの語源は「坂ノ者」だと言う。サカノモノ→サカンモン→サンカモン→サンカ、という音の転換があったのではないかと言う。
坂ノ者は元来は「坂に住む者」の意であった。この語は11世紀の文献にすでに見えている。当初は主として京都・清水坂と、奈良・奈良坂のそれを指していた。彼らは「非人」とも「長吏(ちょうり)」とも呼ばれ、賎視の対象になっていた。
奈良や京都で発生した「坂ノ者」という言葉が、音を変え、指し示す実態を微妙に変えながら、各地に広がっていったということであろうか。
歴史的・民俗学的探求もたしかに面白いけれど、ソルティが一番興味深く思うのは、わが国で1000年近くの歴史を持ちその存在が許されてきた(大目に見られてきた)これらの人たちの姿が、たった半世紀ほど前に、敗戦から20年くらいの間にすっかり消滅してしまった――ということの意味である。
いったいこの間、なにがあったのだろう?
むろん、敗戦は大きい。敗戦とGHQによる日本改造(近代化・民主化)は無視できまい。それに、産業構造の変化や国土開発や交通機関・マスメディアの発達が、日本からアジール(隠れ場所)を払拭してしまったこともあろう。産業自体も大きく変化した。伝統産業が衰退し、箕や筬は使われなくなっていった。川漁も減った。
消えてゆく文化や風習や民族のことを思うと、ちょっと淋しいようなもったいないような気もするけれど、賎視され差別される人たちがいなくなるのは良いことに違いない。時代は流れる。
一方で、無籍で家を持たず法制度から外れた‘サンカ’は、ほんとうに消滅したのだろうかとも思うのである。押し寄せる近代化の波の中に消えたように見えて、実際には別の形となって再び水面に顕われているのではないだろうか。
サンカの子孫として今は定住し市民として暮らしている人たちのことを言っているのではない。
たとえば、河川敷のホームレスであるとか、施設や刑務所に収容される知的障害者や発達障害者であるとか、家に引き篭もる精神障害者であるとか、ビザや住民票を持たない外国人であるとか・・・。
たとえば、河川敷のホームレスであるとか、施設や刑務所に収容される知的障害者や発達障害者であるとか、家に引き篭もる精神障害者であるとか、ビザや住民票を持たない外国人であるとか・・・。
世の中には、近代社会のシステム――法や制度や経済や市民的一般常識――にどうしても馴染まない人々がいて、そういう人たちは現代日本社会でどこにも居場所を見つけられずに、かと言って、もはや大自然の中で孤独ではあるが自由気ままに生きることもかなわずに、社会の片隅で窒息しかかっているのではないかなあ、と思うのである。