1955年松竹

監督 木下惠介
脚本 木下惠介、松山善三
音楽 木下忠司
出演
  • 高峰秀子 : 寺田冬子 
  • 佐田啓二 : 寺田俊介 
  • 高橋貞二 : 石津幸二郎 
  • 田村高廣 : 石津圭三

 美しい風景と古くゆかしい町並みが画面に映える飛騨高山を舞台に、子持ちの未亡人・冬子(=高峰秀子)と東京から帰省した幼馴染みの青年・幸二郎(=高橋貞二)の結ばれずに終わる一夏の恋を描く。正統派の純愛ドラマと言っていいだろう。
 愛し合っている二人が結ばれなかったのは、冬子側の躊躇による。一度は人妻になった身であること、まだ幼い子供がいること、嫁ぎ先で頼られ大切にされていること、亡くなった夫の弟・俊介(=佐田啓二)から好意を寄せられていること、そして何よりも世間体である。とくに悪い噂の広まりやすい田舎の風土は大きな枷となる。これらすべての枷を薙ぎ倒して、家も子供も捨てて愛する男の胸に飛び込んでいく勇気(と言っていいのか分からないが)を、フェミニズムのフェの字もなかった当時の女性に望むのは無理と言うものだろう。誰もが瀬戸内晴美になれるわけではない。
 現代なら同じ飛騨高山の地であろうと、この二人が付き合い結婚することに、眉を顰め、目くじらを立てる者は、二人に心理的に深く関係する者意外はいないであろう。不倫でも浮気でもないのだから、なんの問題もない。その意味で、時代性・地域性を感じさせる映画である。
 しかし、木下惠介がやはり一筋縄でいかないと思うのは、冬子と幸二郎の恋の成就を最後の最後で阻む枷に、上記以外の理由を用意しているところである。
 
 思い余った幸二郎は冬子に駆け落ちを持ちかける。
 「明日の朝の汽車で一緒に東京に行きましょう」
 幸二郎は拒絶の返事をもらい、傷心を抱え、早朝の汽車にひとり乗り込む。汽笛が鳴り、発車せんばかり。
 そこへ、手提げ一つで着の身着のままの冬子が走ってくる。駅舎に飛び込み、東京への切符を買い、愛する男の胸めがけて改札を抜けようとする冬子。
 「ああ、結局、冬子は瀬戸内晴美派だったんだなあ」と、観る者が思った瞬間、冬子は改札から出てきた一人の男とぶつかる。
 それは、仕事で地方に行っていた義理の弟・俊介であった。
 なんという偶然か!
 二人の事情を知っている俊介は、問い糾すことなくこう告げる。
 「後ろのほうの車両にいますよ」
 俊介の言葉を耳にした途端、冬子の気持ちは萎えてしまう。
 彼女は悟る。
 「やっぱり、行ってはいけない」
 
 人は時に、自らの感情や欲望や思考を超えたところにある「なにものか」の声を聞く。「なにものか」は大概、偶然とか予期せぬ出来事とかシンクロニシティといった形で、人に啓示をもたらす。その声を謙虚に受け止めることで、誤った道に踏み入ることが回避される。これを宿命と言ったり、恩寵と言ったり、天の配剤と言ったりするのだろう。
 
 停車場をあとにしながら、俊介は冬子に言う。
 「行かないでくれて、ありがとう」
 冬子は答える。
 「いいえ、私こそ・・・・・ありがとう」
 
 この映画は一見、古い因習と世間体に阻まれて自らの感情や欲望を押し込めざるを得ない女性の不幸を描いているように見える。遠い雲のような幸福・・・・・。
 が、ラストシーンの早朝の高山の空は、雲ひとつなく晴れて美しい



評価:B-

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」


D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!