多摩センター 005


日時 2017年5月27日(土)14:00~
会場 パルテノン多摩大ホール(東京都多摩市)
曲目
  • チャイコフスキー/歌劇『エフゲニー・オネーギン』よりポロネーズ
  • ライネッケ/フルート協奏曲 作品283 
  • ブラームス/交響曲第2番 ニ長調
指揮 増井 信貴
フルート独奏 吉岡アカリ

 立川駅から多摩都市モノレールに乗って多摩センター駅に向かう。

多摩センター 001
 

 首都大学東京管弦楽団は2回目となる。前回はピアノ協奏曲の独奏者・三輪郁の素晴らしい音色に、コンサート全体がもっていかれたような感があった。今回はフルート協奏曲である。どうなることやら。
 会場は8割がた埋まった。

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 華があり活気もある一曲目は、コンサートの開始におあつらえ向きである。団員たちの若さゆえの華と活気がそのまま演奏に注ぎ込まれて上々の滑り出しであった。
 二曲目のカール・ライネッケは北ドイツの音楽家。作曲家であると同時に、ピアニスト、教育者としても活躍したそうだ。ロマン派の最盛期からその終焉までの時代を生きた彼の曲は、まさにロマン派の香りが馥郁と漂っている。徹頭徹尾、叙情的。
 フルート協奏曲というのを生で聴いたのははじめてであった。フルートは、人の声質で言ってみればコロラトゥーラ・ソプラノに近いものであろう。軽やかできらびやかで技巧的で美しい。吉岡アカリ(女性ではありません。♂です)のテクニックは実際見事なものであった。普段このオケの管トレーナーをつとめているためもあろう。オケとの相性も悪くない。
 漫画『美味しんぼ』(原作:雁屋哲、作画:花咲アキラ)で、寿司のネタとシャリのバランスについての話がある。高級のトロと中級の酢飯の組み合わせよりは、中級のトロと中級の酢飯の組み合わせのほうが結果的に美味しく感じるといった話である。それと同じで、協奏曲というのは独奏者とオケのバランスが大切なんだなあと知った次第である。

 最後のブラームスは熱演にして好演であった。「ブラボー」も出たし、拍手も大きかった。どうしてアンコールに応えなかったのか不思議である。
 
 それはさておき、これでブラームスの全交響曲(4つ)を生で耳にしたのであるが、「精巧にして生硬」という印象を持った。楽曲の構成や和声やオーケストレーションなど技巧面ではケチのつけようのない高みにいる。それは間違いなかろう。ベートーヴェンを見事に吸収している。この点では、噛めば噛むほど味わいが増してくるスルメのように、ブラームスの交響曲は聴く回数を増すほどに、新たな発見のあることだろう。通好みというのも分かる。
 一方で、生硬で面白みにかける。ブラームスはロマン派の代表選手のように言われるけれど、全然‘ロマンティック’ではない。チャイコフスキーやサン=サーンスやマーラーと比べると歴然である。
 その原因としてソルティが実感するのは、「ブラームスの交響曲には‘起承転結’の‘起’と‘承’だけがあって‘転結’がない」。
 楽章の中に用いられている主題を聴けば、それは明白であろう。メロディ展開として、‘起’と‘承’が提示されたあと‘転’に行くかと思ったら、行かずにまた‘起・承’に戻るのである。‘起・承’が何度も繰り返される。繰り返すごとに豊かに緻密になってゆくオーケストレーションは天才の名に恥じないものである。が、‘転’がないことが聴く者に視野の広がりをもたらさない。
 主題の場合と同様、楽曲全体にも‘転’がない。ところが、第4楽章に‘結’はある。たとえば、交響曲第1番と第2番の第4楽章は、ベートーヴェン第5番や第9番同様、「歓び」を歌っている。「苦悩」から「歓び」へ。‘結’らしい‘結’である。
 しかるに、‘転’がない‘結’は、聴く者からすればいかにも唐突であり、生硬であり、作曲者の内的必然性から生まれたのではなく、形式を整えただけというふうに聴こえる。つまり、最終的に「歓び」に至った心的履歴が了解されない。
 では、‘転’とは何だろう?
 ソルティが思うに、それは「忘我」であり「他者」ではないか。
 「自分」とは異なる「何者か」に圧倒的に惹きつけられ、支配され、打ち壊され、陵辱され、自己を明け渡す経験ではないか、と思うのである。営々と積み上げてきた「自己(=起・承)」が、他者の出現によって不意に崩壊し、大いなる愛のうちに溶解する。すべてが許される。
 その場合の「他者」は、神であったり異性であったり同性であったり子供であったり自然であったり神秘体験であったり・・・・いろいろであろう。
 「歓び」が生まれるとしたら、そのアダージョ的な溶解のたゆたいの縁から日常へと立ち戻り、古き自己(=起・承)を新たな目で見つめなおしたときの清新さから来るのではなかろうか。
 ブラームスの音楽には忘我が見当たらない。
 むろん聴く者にも忘我を許さない。 

 やっぱり、ストイックな男だったのか・・・。 


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