日時 2017年7月2日(日)14:00~
会場 杉並公会堂大ホール
曲目
スメタナ: 連作交響詩『わが祖国』全曲
 第1曲 ヴィシェフラト(高い城)
 第2曲 ヴァルダヴァ(モルダウ)
 第3曲 シャールカ
 第4曲 ボヘミアの森と草原
 第5曲 ターボル
 第6曲 ブラニーク
指揮 菊地 俊一

 チェコの国民的楽曲とでも言うべきスメタナの『わが祖国』。日本ならさしずめ童謡『ふるさと』か『ふじの山』か。『川の流れのように』ってことはないだろう。
 2曲目の「モルダウ」(チェコ語だとヴァルダヴァ)がつとに有名で、誰もが一度は耳にしたことがあるはず。コンサートでもよくプログラム前半の前菜的位置づけで取り上げられる。
 全曲演奏はそうそう聴く機会がないと思って荻窪まで出かけた。
 
 東京ムジーク・フローは1967年7月創立のアマオケ。創立50周年である。団名の由来は「音楽のよろこび」。ステージに上がった団員たちを見ると、この道数十年といったベテラン風情が多い。創立時からのメンバーもいることだろう。
 まずもって指揮者の菊地俊一がそうである。会津若松生まれのウン十歳。見るからに好々爺といった感じ。プロフィールに生年は書かれていないが、前期高齢者(65~75)はとうに超えていよう。これまでソルティが実演を聴いた指揮者の最高齢かもしれない。が、その指揮姿はカクシャクという言葉も失礼と感じるほど若々しい。本邦初のガンバ奏者でもある。

 スメタナの「我が祖国」とはチェコである。
 チェコの歴史についてはくわしく知らない。最近ではナチスドイツに占領されたことや「プラハの春(民主化)」がソビエトにつぶされたこと、90年代にチェコとスロヴァキアに分裂したことくらい。が、これはスメタナが亡くなったあとの話である。
 スメタナが生きていた頃、チェコはオーストリア(ハプスブルグ家)の支配下にあった。圧制に苦しみ、自由と平等を切に願う人々の思いを胸に、スメタナは病魔に苦しめられながらこの畢生の大曲を書いたのである。
 6つの曲はボヘミアの神話や伝説や歴史的事件(ヤン・フスの宗教改革)、そして森や草原やヴルダヴァの滔々たる流れを描き、まさに祖国をスケッチしたものである。
 これを聴いた国民が自らの郷土を誇りに思い、郷土愛に目覚め、己の信じる真実のために勇ましく戦った先祖たちに敬意と共感を抱き、自由と独立のために立ち上がらんことを、スメタナは願ったのである。その意味で、きわめて戦意高揚的でナショナリスティックな曲である。

 「甘ちゃん」「世間知らず」と言われようが、ソルティはナショナリズムが好きでないので、こういう楽曲に心底感動することはない。取り上げられる伝説や史実も血なまぐさいものばかりで、美しさとは無縁である。やっぱり西欧人は肉食なんだなあと思う。『ふるさと』や『ふじの山』が国民的ソングである日本のなんと平和なことよ!

 これまで単独で聴くことが多かった第2曲のヴルタヴァ(モルダウ)も、こうして全曲の中で聴いてみると、美しいばかりでなく、幾世紀も戦いに明け暮れる人間達の無明の流れを哀しく映し出しているように聴こえてくる。

モルダウ


 ところで、第3曲の『シャールカ』はチェコの古い伝説である「乙女戦争」を題材にしている。女と男の血みどろの戦い――という世にも珍しい物語である。他のどこの国でこんな神話があり得るだろう?
 チェコの女達はアマゾネスの末裔か?