認知症のHさん(87)は大工の棟梁だった。
 若い頃はずいぶん遊んで奥さんを泣かせたらしい。はじめての入浴介助時にHさんの右肩から腕にかけて見事な倶利伽羅紋々があるのを見て、昔の東映ヤクザ映画に出てくる賭場の光景(高倉健や菅原文太)が思い浮かび、「修羅場をくぐり抜けてきたんだろうなあ~」と畏怖とも尊敬ともつかぬ思いを抱いたものである。

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 江戸っ子の職人らしく、竹を割ったような裏表のないさっぱりした気質と率直な物言いが好ましかった。施設に入ったことに対しても、「しょうない。人間どうせ最後はこれよ」と片手で自分の首を刎ねる仕草をしてみせるのが常であった。人としての尊厳、男のプライドを大切にしながら対応すれば介護拒否することもなく、スタッフをよくねぎらってもくれた。認知はあったがトイレや食事は自立していたし、杖を使ってフロアを歩き回ることもできた。

 ――と過去形になるのはその後Hさんの認知がどんどん進んでいったからである。
 何度かの転倒と骨折と入退院を繰り返し、Hさんは車椅子生活を余儀なくされた。自分がどこにいるか、どうしてここ(施設)にいるかが分からなくなり、「家に帰る!」と言っては車椅子から立ち上がって歩き出そうとされる。自力で歩くことは転倒につながるので、我々スタッフは都度Hさんを押しとどめて、車椅子に押し戻す。すると、Hさんの怒りが爆発するのであった。
「なんだ、貴様! オレに逆らうか!」
 ドスの効いた大声で怒鳴る。こうなると、若い頃ならした喧嘩魂がよみがえるのか、その猛々しい振る舞いと鬼の如き形相は女性スタッフを震え上がらせた。

 Hさんの怒りがスタッフへの暴力となるに及んで、薬が処方された。精神安定剤である。
 しばらくすると、Hさんは日中車椅子上でほぼ傾眠(まどろみ)するようになった。車椅子から立ち上がることもなく、スタッフの言葉に応答することもなくなった。一日中、呆けたようにぼーっとしている。トイレも食事も自発的にすることはなく、スタッフが全介助するようになった。たとえば、食事の時はHさんの隣に座り、耳元で「Hさん、口を開けてください」と声をかけながら一匙一匙食べ物を運ぶのである。
 車椅子からの頻繁な立ち上がりと暴力行為がなくなったので、職員は「やれやれひと安心」という気分になったのは事実である。Hさんらしさが無くなったのは寂しいけれど、介護職だからといって利用者の暴力に甘んじていいわけないし、ケアを必要とする他のご利用者のことを思えば、一人の特定の利用者に手がかかり過ぎるのは問題である。 
 そんな状態でしばらくHさんの介護は続いた。

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 薬が体に慣れてきたのか、しばらくすると日中でもHさんの覚醒状態は良くなり、意識が幾分しっかりしてきた。前のように立ち歩いたり、スタッフを威嚇したり暴力をふるったりすることなく、日によって食事も半分くらい自分の手で取れるようになった。意識のはっきりしているときは、以前のようにスタッフと昔話することも可能になった。覚醒状態に波はあるものの、いわゆる「落ち着いて」きた。
 
 先日、ソルティはHさんの昼食介助をしていた。
 自力で食べるのが難しい覚醒レベルであったが、口元までスプーンを運べば口を開けて飲み込んでくれる。Hさんが食事途中に寝込まないよう、棟梁時代の話を適宜振りながら介助していた。
「Hさんのところには何人くらい職人がいたんですか?」
「家一軒建てるのにどれくらいの日数かかりますか?」
(むろん、これまで何度も繰り返して答えを知っている質問である)
 しばらくそんなふうにして恙無く食事は進んでいたのだが、不意にHさんの意識が澄み切ったらしかった。ソルティに力強い視線を送りながら、こう言ったのである。

「で、ここで一体なにをしているのかね?」


「Hさん、食事しているんですよ」
と、まともに答えそうになって、ふとその質問に内包されている意味の重層性に思い至り、手が止まった。
 つまり、

①「俺はいまここでなにをしているのかね?」
  ⇒
ふさわしい答えは、「食事をしているんですよ」である。

② 「俺はここで(この施設で)なにをしているのかね?」
  ⇒介護の教科書的にふさわしい答え(建前)は、「病気を治して家に帰れるようリハビリしているん  ですよ」である。老人ホームも在宅復帰が第一使命である。
 ⇒身も蓋もない本音を言えば、「死ぬのを待っているんですよ」である。身体の障害ならともかく、認知では在宅復帰は難しいのが現状である。よくてもグループホームである。Hさんの進み具合では集団生活はもはや難しいだろう。あと何年あるのか知らないが、死ぬまでホームにいるほかない。

③ 「お前(ソルティ)はここでなにをしているのかね?」
 ⇒「なにをしているんだろう?」
 介護をしている、仕事をしている、生計を立てている、社会貢献している(つもりになっている)、人の老死を観察している、一日が終わるのを待っている、暇つぶしをしている・・・・

④ 「俺とお前は、ここでなにをしているのかね?」
 
⇒「Hさんとソルティはなにをしているんだろう?」
 一方が一方を介護している、介護と報酬という形で互いに助け合っている、介護ごっこ(茶番)をしている、Hさんの最期の時を共に過ごしている、医療制度と介護保険制度に縛られて命をもてあそんでいる、お互いに学びあっている、縁によって出会って業(カルマ)をつくっている・・・・


⑤「(俺とお前を含む)人類は、ここでなにをしているのかね?」
 
⇒「人類はこの地球で一体なにをしているんだろう?」
 生殖活動している、次世代を育てている、欲望を追求している、仕事している、金儲けしている、戦っている、殺しあっている、開発している、他の生物を殺している、環境破壊している、長生きしようと闇雲に精を出している、勢力争いしている、武器を作っている、遊んでいる、助け合っている、良い来世のために修行している、なんの疑問も持たず決められた社会ルールのもとに生きている、目的も分からぬまま破滅するまで生きている・・・・・

 水に落とした墨が広がるように、瞬く間に脳裏に広がった上の5つの問いとその回答に、刹那言葉を失い、軽く目まいした。

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「おっと、今やることは目の前のHさんの栄養補給だ」
 そう気を取り直してHさんに向き合うと、腹が満ち足りたのか、Hさんはすでにうつらうつら舟を漕いでいるのだった。