尾瀬201807 065


●日時 2018年7月13日(金)
●場所 尾瀬(沼山峠~尾瀬沼~沼尻平~見晴)
●行程
 6:30 浅草駅 発(東武特急リバティ会津101号)
 9:22 会津高原尾瀬口駅 着
 9:50 会津バス(沼山峠行)出発
11:50 沼山峠 着
    昼食
12:10 歩行開始
13:20 尾瀬沼
14:10 沼尻平
    休憩(20分)
16:10 見晴 着
    歩行終了 
●所要時間 4時間(歩行時間3時間40分+休憩時間20分)
  

1 尾瀬がある!

 7/13(金)14(土)15(日)と3連休を取ったのは、GW直前から始めた秩父34ヵ所札所巡りを結願するためであった。
 山間に位置し札所間の距離が長い4つの寺(31~34番)を金・土の2日かけて巡礼し終え、日曜日は充足感のうちに自宅で骨休めするつもりでいた。地図も用意し、金曜の夜泊まる現地の宿も予約しておいた。ほんとは、できれば梅雨入り前に結願したかったのだけれど、ケアマネ(介護支援専門員)の資格を取るための実務研修がGW明けから始まり、講習だのレポートだの現場実習だの課題提出だので休日が埋められてしまい、ママならなかったのである。
 梅雨も早々に明け、研修のほうも3日間の現場実習が済んで、無事クリアする目途が立った。
「やっと、秩父に行ける!」と喜び勇んでいたら
――この暑さである。

ソーラーパネル


 30度を超える炎天下を延々7時間以上、2日続けて歩くのは五十路にとってどれほど過酷なものであろうか。
 しかも、1日目は日射しを遮るもののないアスファルトの車道が続き、2日目は大日峠(400m)、札立峠(540m)と2つの峠越えが待っている。山肌に建つ31番と32番の観音堂へ続く石段の段数も容赦ない。
 苦行と思えば歓迎すべきことなのかもしれない。
 が、以前35度の炎天下の秩父をほんの90分歩いたときに受けた「焼けたトタン屋根の猫」に比すべき尋常でない苦しみは、今も皮膚や内臓が記憶している。途中挫折ならまだしも、下手すると熱中症になって命の危険があるやもしれない。そうでなくとも体力低下著しい最近の自分である。「苦行には意味がない」とお釈迦様も言われたではないか。

 週間天気予報と睨めっこしながらギリギリまで迷って、2日前(水曜日)仕事の休憩時間中に延期を決めて、宿をキャンセルした。
 お盆過ぎて、もう少し涼しくなってから続行しよう。

 次なる課題は、ぽっかり空いた3連休をどう過ごすかである。
 クーラーの効いた家で読書や映画鑑賞するのも良い。思う存分瞑想するのも良い。ブログを書くのも良い。いっそ、推理小説片手にJR一筆書きツアーでもやるか・・・・。ともかく涼しく過ごすに限る。
 就寝介助時、とつおいつ考えながらF子さんのおむつ交換していたら、不意にF子さんが唄いだした。
「夏が来ゥ~れば思い出す♪」
 一緒に続きを歌いながら、ハタと閃いた。
「そうだ。尾瀬があるじゃないか!」

 尾瀬こそは、一度は行きたいけれど行ったことがない場所の一つであった。人で混み合う場所には行きたくないという単純な理由からこれまで行く機会がなかったのであるが、金曜の午前中に尾瀬入りし一日散策し山小屋に泊まり、土曜の昼過ぎに尾瀬を出立するのならば、そんなに人混みに遭わないで済むのではないか。世間は、7/14(土)15(日)16(月)とソルティとは一日遅れの3連休である。その直前は逆に空いている可能性が高い。しかも尾瀬は恰好の避暑地。夏バテ対策になる。

 こうして、秩父札所巡りが、急遽、尾瀬「夏の思い出」ツアーに変わった。


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尾瀬の花1 コバイケイソウ


2 一泊1,980円ホテル

 東京から尾瀬に行くには浅草から東武鉄道に乗ればいい、という頭しかなかった。(実際には新宿から高速バスという手もあった) 
 調べてみると、尾瀬に午前中に着くためには浅草6時30分発の特急リバティ会津101号に乗るしかない。6時30分前に浅草に着くには自宅を・・・・・(路線案内で調べている)・・・・・ダメだ、ギリ間に合わない。浅草近辺に前泊しよう。
 とにかく安いホテルを探していたら、なんと一泊1,980円ホテルというのが台東区入谷にあるではないか。JR山手線鶯谷駅より徒歩15分、地下鉄日比谷線入谷駅より徒歩5分。ネットで見る限り、シャワー付きカプセルホテルみたいな感じである。外国人客が多いとも書いてある。面白そう。
 さっそく予約する。

 木曜の20時に仕事を上がり早々に帰宅、シャワーで汗と糞尿の匂いを流し、旅支度をし出発した。
 都心は明らかに熱帯夜を約束する空気の蒸し加減。駅や車内ではサラリーマンやOLたちが、暑さと疲労とで弛緩しきった顔をしている。
 
 昭和通りに面している1,980円ホテルはすぐに見つかった。フロントで受付している背後を、アジア系やヨーロッパ系の外国人らが通っていく。たしかに国際色豊かである。お金を節約したい旅行者にはもってこいだ。館内はもちろんWi-Fi仕様で、フロアは男女別に分かれている。
 木材で仕切られたカプセルルームは山小屋のような雰囲気。気密性は低いので周囲の宿泊客が立てる物音が響く。神経質な人には向かないだろう。シーツ類は清潔である。
 仕事上がりで疲れていたためか、いつの間にか眠っていた。

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この近くの山谷のドヤ(宿)は一泊2,200円が相場


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横穴式ベッドと、でかいトランクケースが3個は置ける
鍵付きロッカーが個人専用スペース


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屋上には談話コーナーもある


3 檜枝岐(ひのえまた)の思い出

 翌朝、浅草を出た特急列車は鬼怒川温泉や今市を通って会津高原尾瀬口に到着した。
 ここから会津バスに乗って、奥会津の秘境・檜枝岐(ひのえまた)村落を通過し、2時間弱で尾瀬の入口の一つである沼山峠に着く。


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会津高原尾瀬口


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沼山峠休憩所・・・さすがに涼しい


 尾瀬ははじめてであるが、檜枝岐には来たことがある。
 檜枝岐温泉に泊まって会津駒ケ岳(2,133m)に登った。もう8年前になる。
 日本で一番人口密度の低い村であり、「星・平野・橘」の3つの姓の住民だけで占められ(街道沿いの墓碑にその証拠を見ることができる!)、270年の檜枝岐歌舞伎の伝統を持つ檜枝岐は民俗学的に言っても実に興味深い里である。全戸に引かれているという温泉は、パワフルで気持ちよかった。
 駒ケ岳登山では、下山時に滑落し右膝の靭帯を痛めるというアクシデントはあったものの、それを補って余りある素晴らしい山道、山頂付近に広がる気宇壮大たる湿原、そして山頂ロッジの池が鏡となることにより生じたW満月の神秘的光景とが記憶に残っている。
 だが、それ以上にこの時の旅が心に残ったのは、ある女性との出会いであった。

 その女性とは檜枝岐の宿で夕食時に隣り合った。年の頃60代前半。上品な物腰の話好きな人であった。互いに一人旅であることも手伝って、あたりさわりない旅の話をしているうちにすっかり馬が合った。ソルティが明日駒ケ岳に登ると知ると、「じゃあ、登山口まで車で送ってあげる」と言う。彼女は福島から車で来ていた。
 渡りに船とお願いすることにした。宿から登山口まではかなりの距離の車道がある。ショートカットするに越したことはない。
 翌朝、チェックアウトを済ませ、彼女の車の助手席に乗り込むと、
「どうせだから御池まで行ってみませんか。途中に展望台があるんですよ。そのあと登山口まで送ります」
「そうですか。お願いします」
 駒ケ岳登山口とは逆方向の尾瀬のほうへ、車は山を上っていく。
 展望台で車を降りて、肩を並べて、しばし眼下に広がる眺望を楽しんだ。
 夕食時の会話から、彼女が旅行好きで尾瀬には何回も来ていることは聞いていた。でも、今回は尾瀬には足を踏む入れないということも。
 ふたたび乗車して、御池へと向かう途上、思い切って尋ねてみた。
「どうして今回は尾瀬に行かないんですか?」
「・・・・。ここに来たのは5年ぶりなんです。実は5年前に主人を亡くして」
 尾瀬は彼女にとって亡きご主人との思い出の地だったのである。

 旅行好き、自然好きの二人は、毎年のように福島市内から尾瀬に来ては季節折々の風景を楽しんでいた。尾瀬の2つの名峰である燧ヶ岳にも至仏山にも二人で登った。
 夫を亡くしてから、尾瀬は彼女にとって愛する人の不在を否が応でも認識させるつらい場所になった。テレビを見ていて尾瀬のニュースや映像が出てくるだけで息が詰まり、チャンネルを変えてしまうほどだった。思い出が楽しく美しいものであるだけに、それが最早手に入らないことが、愛する人が帰ってこないことが、いっそうつらく感じられたのであろう。
「5年経って、どうにか心の整理がつきました。まだ尾瀬に踏み込む勇気はないけれど、今の自分の気持ちを確かめたいと思って今回は来たんです」
 
 御池ロッジに面した広い駐車場に車を止めて、彼女は車の中からしばらく林道の入口の方角を見ていた。きっと、夫と共に過ごした様々な場面を想い返していたのであろう。
 駒ケ岳登山口へと下る車中、彼女は堰が切れたようにご主人との思い出を語り続けた。助手席のソルティはただ聞いているだけであった。
 そのうち、ハッとしたように彼女は言った。
「すみません。こんな個人的なことをはじめてお会いした人に話すなんて。変に思いますよね」
「いいえ。見ず知らずの相手だからこそ、ってこともあると思います」
 登山口で別れる際、彼女は笑顔で手を振ってくれた。
 
 観光地化している尾瀬にそれまで興味を持てなかったソルティだったが、「尾瀬というのはこんなふうにして人の心に深く入り込む魔力をもつのか・・・」
と認識を新たにしたのであった。


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尾瀬の花2 ノアザミ


4 天国の予習

 沼山峠で腹ごしらえをし、いよいよ歩行スタート。前方からやって来る人々と挨拶を交わしながら、木道の敷かれた森の中を行く。この時点ですでに気分爽快である。
 というのも、檜枝岐村落から登ってくる途中で携帯の電波圏外になったからである。電波圏外の場所にこれほど長時間いるのは久しぶり。なんか体の全細胞が有害な電磁波を振るい落して喜んでいる気がする。「つながっていない」って素敵!(天邪鬼め)
 小一時間も歩いたところで、唐突に目の前に湿原が広がった。


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大江湿原


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尾瀬の花3 ニッコウキスゲ


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尾瀬の花4 ワタスゲ


 なんという解放感。

 ニッコウキスゲやワタスゲが揺れる湿原をどこまでも伸びる二筋の木道は、天空への滑走路のよう。湿原を縁取る緑濃い森の中からカッコウやウグイスの声が響く。なだらかな山容や夏の雲を逆さまに移すは鈍色の尾瀬沼。これだけ広いと、ハイカーにも数えるほどしか出会わない。

 多くの日本人が想像する天国の風景に近いものがあるとしたなら、まさにこれがそれである。
 一瞬、「自分はすでに死んでいて、それに気づかないでいるだけなのでは・・・?」とアホな考えが思い浮かんだ。
 尾瀬を歩く人はみな天国の予習をしている。


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尾瀬沼


 だが、天国が天国たり得るのは、天国でない場所が存在するからである。存在するのは天国だけで、そこに永遠に住み続けるほか選択肢がないとしたら、(認知症でない限り)退屈のあまり発狂するであろう。
 尾瀬の湿原歩きが素晴しいのは、湿原でない部分との対比によるところが大きい、と今回まざまざと知った。
 尾瀬は何よりもまず山なのである。

 考えてみれば当たり前のことだが、うかつにも忘れてしまう。尾瀬と言って紹介される映像や写真が、燧ヶ岳や至仏山を背景とする水芭蕉やニッコウキスゲの咲き誇る湿原風景ばかりだからである。それが、「大きな山はあるけれど、それ以外は湿原がどこまでも続く平坦な場所」という誤解を招く。宿泊した小屋で会った二人連れの中年女性も、「まさか、こんな苦しい歩きがあるとは思わなかった。最初から最後まで、カレンダーに載っている写真のような美しい湿原を歩けるものと思っていた」とこぼしていた。
 尾瀬は山である。
 山に囲まれたいくつかの盆地が大小の湿原となっているので、湿原への出入りは山であり、湿原と湿原の間も山である。尾瀬沼の北岸を通って、沼尻平の湿原でしばし休み、沼を離れ一路、山小屋の建ち並ぶ見晴(みはらし)に至る初心者向け人気コースは、途中小さな湿原が箸休めのようにところどころ出現するものの、基本、山道である。それも結構アップダウンのある、滑りやすい岩場や足の置き場に困るぬかるみの多い山道である。
 山歩きを十年来の趣味とするソルティにしてみれば、別にどうってことないレベルの道であるが、「尾瀬=湿原」とロマンチックな考えでやって来たハイカーには、かなりコタえる意外であろう。
 でも、それゆえに最大の湿原地帯である尾瀬ヶ原を目の前にしたときは、感動も一入なのである。





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沼尻平から尾瀬沼を望む

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山小屋が建ち並ぶ見晴(みはらし)


5 燧小屋(ひうちごや)

 見晴には6つの山小屋がある。どこがいいのか分からないので、名前の気に入った宿に予約を入れておいた。燧(ひうち)はもちろん名峰・燧ケ岳(2,356m)から取ったのであろうが、「火打ち」つまり火山の謂いである。約500年前に噴火したと言われている。
 宿のパンフレットによると、燧小屋を創設したのは今のご主人の祖父に当たる平野與三郎氏で、ケモノを狩りイワナを釣っていた猟師であったそうな。檜枝岐三大苗字の一つ、平野である。(帰りの会津バスの運転手は「星さん」だった)
 空いていたおかげで一人部屋だった。全般清潔で応対もよく居心地よかった。ヒノキ風呂でジンワリ体が温まった。
 なによりも食事がボリュームたっぷり、滋味あふれていて美味しい!
 手作りの紫蘇ジュースや漬物や梅干し、サツマイモを揚げたものなども振舞われて、大・大満足であった。
 宿には可愛い子供が二人いて、愛くるしい仕草と無邪気な笑顔に癒された。


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燧小屋(正面)


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燧小屋(背面)


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部屋の窓からの景色
雲に隠れた至仏山が正面に見える


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朝 食
盆の向こうにある紫蘇ジュース、漬物類は宿オリジナル



6 シャクナゲ色ってどんな色?

 夕食後、尾瀬ヶ原に足を踏み入れる。
 ほかの宿の客たちも外に出て、三々五々、思い思いに夕暮れを満喫していた。やはり、シーズンであっても夏休み前の平日はまだ落ち着いている。


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燧ケ岳に抱かれる山小屋たち


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 老人ホームのレクリエーションで歌を歌っている時、『夏の思い出』の「シャクナゲ色にたそがれる」の部分について、入居者に尋ねられたことがある。
「シャクナゲ色って、どんな色?」
 答えられずにシャクな気な思いをした。
 ネットで調べてみたらシャクナゲはこんな花だった。

しゃくなげ
シャクナゲ


 それからは『夏の思い出』を歌うたびに、「シャクナゲ色って赤っぽいピンクですよ」と伝えていた。
 ついに実物を確かめる機会到来である。


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 たとえるのに難しい色合い。
 「尾瀬の夕暮れ色」とするのが正解かもしれない。



後編に続く。