ヴァンパイアハンター
イラストレーション:THORES柴本

2010年原著発表
2011年新書館より邦訳刊行

 あの阿鼻叫喚、抱腹絶倒、換骨奪胎なる純文学パロディ『高慢と偏見とゾンビ』の著者によるヴァンパイア(吸血鬼)小説、しかも全米きっての偉人エイブラハム・リンカーン大統領が実は最強のヴァンパイア・ハンターだったというのだから、読まないわけにはいかない。
 至宝の名作をパロディったお次は、至宝の偉人の生涯をパロディったのである。
 いやはや、なんとも大胆な!

 設定のおふざけ加減に比して、中味のよくできていること!
 セス・グレアムの小説家としての腕はかなりのもの。単なる色物一発屋で終わるタマじゃない。
 アメリカ人ならおそらく誰もが知っているリンカーンの生涯を忠実にたどりながら、その苦難と栄光の経歴に、あたかも朝顔の蔓が生垣に絡まるような自然な調子で、ヴァンパイア譚を絡ませていく。前作同様、怪物との壮絶な戦いといったアクションシーンで話を盛り上げ、主人公をめぐる恋愛シーンや家庭シーンでほのぼの感と悲喜こもごもの人間ドラマを描き出す。緩急の塩梅がうまい。

 南北戦争が実は、黒人を手始めに人類家畜化を目論むヴァンパイア族に牛耳られた南部と、ヴァンパイア絶滅を誓い彼らの餌となっている黒人奴隷の解放を目指すリンカーンら北部との「ヴァンパイアV.S.人類」決戦であったと、史実をそこかしこに配合しながら面白おかしく話を膨らませていく。荒唐無稽な発想と、見てきたような嘘を抜け抜けと言う芸当は講釈師そのもの。
 同時代の人気作家エドガー・アラン・ポーを友情出演させたり、16世紀末に実際にあったロアノーク島住民消失事件をヴァンパイアネタとして使ったり、ミステリー好きの読者に対するくすぐりも長けている。
 ボーイズラブ風のカバー表紙イラスト(上画像)も良いが、いかがわしさてんこ盛りの本文内の写真や絵も楽しい。

 リンカーンの生涯、南北戦争の経緯を事前によく知っていたら、より楽しめただろう。虚実入り混じえてリアリティを高め、読み手を唸らせる著者のストーリーテーリングの冴えを確認できたことだろう。

赤い城


 それにしても、今さらのように吃驚するのは、アメリカがつい150年前まで奴隷制を敷いていたという事実である。
 なんたる後進国!
 奴隷制の是非をめぐって国が二つに分かれて闘ったというのも考えてみると凄い。
 南部の奴隷制支持者らの理屈は、「黒人は人間でもアメリカ人でもないから、アメリカ独立宣言に謳われている自由や平等などの権利は存在しない」というものであった。
 黒人と白人の人種としての違いよりも、同じアメリカ人の間における奴隷制反対者(おおむね北部人)と奴隷制支持者(おおむね南部人)の魂の質の違いのほうが、よっぽど大きいように思える。それにくらべれば、日本の保守(右翼)と革新(左翼)の違いなんて微々たるものではないか。

 今一度、胸に手を当てて考えてみてほしい。
 ほんの150年前、黒人が人間に当たるか否かで、全米が真っ二つに分かれて闘った国――それがアメリカである。

 すごい・・・。