1978年新潮社

 27人の人物が人生において係わりを持った同じ一人の女について語る、という凝ったスタイルが評判となったミステリー風「女の一生」ドラマである。
 語られる女は、美しく上品で、才知に長けて抜け目なく、目的のためには手段を選ばず、嘘をつくのも平気の平左、寛大で涙もろく、可愛くて床上手で、女の武器を最大限利用して男を翻弄し、聖女のようでも悪女のようでもある、という魅力的な実業家・富小路公子。2012年にテレビドラマ化された際、沢尻エリカが演じたらしい。これは適役かも。見たかった。

 「女の武器を利用」というと、枕営業のような力ある男とのセックスを連想するかもしれないが、有吉の凡でないところは、武器は武器でも「出産する能力」を公子の最大の武器としているところであろう。
 公子は生涯二人の息子を持つが、この二人の本当の父親が誰なのか、当の子供たちはもちろん、公子の恋人や夫たちの誰一人も確言することができない。(それぞれの男の器や見栄、公子との関係性によって、「自分の子供だ」と言い張る男と、「自分の子かどうか疑わしい」と逃げ腰の男に分かれるところが面白い) むろん読者も最後まで知ることはない。真実を知るのは、種を受けた女であり生みの母である公子ひとり。
 公子は二人の息子を約束手形に、関係を持った男たちからお金や土地や店舗など必要なものを手に入れていく。「責任を取ってください」という上品にして無言の圧力で。

 「男は自分の子供を証明することができない」という生物学的事実を逆手にとって男社会をのし上がっていく公子のやり口に、引退した女優の喜多嶋舞(と息子を押し付けられた元光GENJI大沢樹生)を連想するのは自然であろう。成人した当の息子大沢零次が、女性への暴行事件を起こしてニュースになったのは記憶に新しい。
 遺伝子検査で父子判定できる現在、喜多嶋舞の過去の行いが非難の矢を浴びているように、富小路公子のやり方はもはや通用しないであろう。だが、そうなればそうなったで、違うやり方を思いつくであろうしたたかぶりこそ、悪女というか賢女の証明である。
 時の経つのを忘れるほど面白い、よくできた小説である。


 内容から離れるが、小説中に「二人でサカサクラゲに行った」といった記述が出てくる。
 サカサクラゲ?
 特になんの説明もないので、その昔有名だった都内のホテルの名前か何かと思ったが、調べたらサカサクラゲとは温泉マーク のことであった。このマークを逆さにするとクラゲに見えるからである。
 なるほど!


サカサクラゲ



 戦後、温泉マークのついている旅館が街中にはたくさんあった。
 むろん、本当の温泉ではない。連れ込み宿、つまり今でいうラブホテルである。1950年代後半~1960年代に温泉マークの使用が自粛・禁止されたそうである。
 で、思い出したのは小学校低学年当時、登下校で通る住宅街に温泉マークを掲げた古い旅館があったのである。70年代初頭だった。
 ある日、ソルティは一緒に歩いていた母親に尋ねた。
 「あのカレーライスみたいな印はなに?」
 「あれはカレーライスじゃなくて、温泉のマークよ」
 「こんなところに温泉が出るの?」
 「温泉は出ないけど・・・。あれはここは旅館ですって印なの」
 「ふ~ん。こんな(有名なものが何ひとつないちっぽけな田舎)町に泊まる人がいるの?」
 「道路工事の人なんかが泊まるんじゃない?」
 
 高学年になる頃、建物から温泉マークが消えた。なんかさびしかった。中学卒業の頃には旅館自体つぶれてしまった。
 もっと大きくなって連れ込み宿という存在を知ったとき、「あそこがそうだったのか! あのマークはそういう意味だったのか!」と新鮮な驚きを感じた。住宅地の子供が通る通学路から見えるところに、そんなものがデンと構えていて、それと分かる表示を出していたことに驚いた。もっとも、宿のほうが先にあって、学校はあとからできたのであったが。

 サカサクラゲという可愛い名前があったとは知らなかった。



評価: ★★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損