2015年新潮社

 『感情を出せない源氏の人びと 日本人の感情表現の歴史』の著者が、今度は日本の古典文学の性愛描写を通して日本人のエロの歴史をたどっていく。抑圧された感情の解放のあとは、性愛の謳歌がやって来るのは道理である。上記書をものしてから幾星霜、著者自身も吹っ切れたのか、あるいは本領発揮か。いかにも楽しんで書いている。

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 本書では、昔の日本人がいかにエロかったか、その「エロ大国ぶり」を、古典文学を通じて紹介し、エロを大事にする日本のお国柄こそが、日本の伝統文芸を支え、平和を支えてきたことを明らかにしたいと思います。(「はじめに」より)


 今作もまた『感情を出せない~』同様、古事記、日本書紀から始まって、万葉集、源氏物語、今昔物語、平家物語、好色一代男、東海道中膝栗毛といった時代時代の有名な古典が取り上げられている。が、前回よりずっと幅広く手は広がり、一般には知られていないような古典資料がたくさん上がっている。
 平安時代の流行歌集である『催馬楽』、男として育てられた姫の物語『有明の別れ』、最古の稚児物語と言われる『秋夜長物語』、ブス妻が入り婿に殺され祟る累ヶ淵怪談で知られる『死霊解脱物語聞書』等々。引用・参考文献の驚くほどの多さは、大塚の古典素養の深さと研究熱心さを示している。そのうえ、『感情を出せない~』でも伺えた鋭い読解力で各性愛描写を解釈していくので、本書はその安易なタイトルから想像されるような単なる教養娯楽本、雑学ネタ本には終わっていない。ジェンダー学、文化人類学、比較文化学、精神分析学、民俗学といった視点からも楽しめ、かつ考えさせられる力作に仕上がっている。

 それにしても、ここに取り上げられている古典の性愛描写の数々を見ると、現代のネットで検索できるようなエロはほぼ出揃っていることに気づく。
 不倫や男色(男性同性愛)や売買春は言うまでもなく、近親姦、小児愛、老いらくの性、乱交、獣姦、レイプ、SM、スカトロ、ブス専、女装、男装、レズビアン・・・。
 エロの多様性に関する限り、なにも今さら驚くことはなにもないのである。日本に限らず、結局人間の思いつくことは古今東西変わらないってことだ。
 ただ、大塚によれば、日本の場合、イザナキ・イザナミ兄妹による近親婚によって国が誕生したことが『日本書記』という国家の正史に書かれていることが示すように、『時の最高権力者たちが「性愛」の物語の作成と普及に積極的に関わって』きたのが特徴的、と言う。


日本ではどんな時代でも、「力のある層」はエロを肯定していました。
エロは日本文化の根幹であり屋台骨です。
エロを否定することは、日本文化を否定することにつながりかねないのです。


とまで断言する。
 極めて空海的(=密教的)である。
 ユダヤ・キリスト教圏やイスラム教圏の国々に比べれば、性の規範はゆるいのは確かだと思うが、たとえば、他のアジアやアフリカの国々と比べた場合、どうなんだろうか?

 察するに、日本文化のエロ重視の背景には、自然・気候に恵まれていたことや、古来のアニミズム的心性、世継ぎ必須の天皇制の存在、あるいは本書で大塚が指摘しているように古代「母系的社会」が長く続いていたことなど、いろいろな理由があるのだろう。もしかしたら、昔の日本人はラテン民族びっくりのエピュキュリアン(快楽主義)だったのか。


(おかめ、天狗、河童などの)日本の古典的なキャラクターのエロさには、性愛を重要視する日本のお国柄、海山の幸や五穀豊穣を祈って性器の形の作り物を奉納するなど、「ものを増やすにはセックス」という考え方がベースにある。しかも、性を罪悪視する外来思想が入ってきても、それを「日本化」して、いつのまにか肯定するという日本人の快楽主義的な傾向が、キャラクターのエロ化に拍車を掛けているという気がします。(※冒頭カッコ内はソルティ補足)


 仏教も儒教もキリスト教も、日本人のエロ好きを変えることはできなかったというわけだ。
 盤石のエロ!(笑)
 空海はこういった日本人のアイデンティティの根本を知り尽くして、あえて密教を選び取ったのであろうか?


天狗さま


 むろんソルティはエロに反対するものではない。
 ただ気になったのは、著者の指摘するように、『時の最高権力者たちが「性愛」の物語の作成と普及に積極的に関わって』きたのが本当であるとしたら、それはそのまま肯定すべき・許容すべきことなのだろうか? 
 支配層に「性」をコントロールされている状態って、むしろまずいんじゃなかろうか?
 民衆の甚大なるエネルギーの源泉を握られているということを意味しはしないか?
 支配層に反抗する力を根こそぎ奪われていることになるまいか?
 そして、今がまさにそうなっていやしないか?

 いささか気がかりな指摘である。




評価: ★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損