思えば、昨年8月に仕事を辞めたときは最悪の健康状態だった。
30年以上の友である腰痛(椎間板ヘルニア)、10年前登山中に滑落して痛めた右膝(靱帯損傷)、右の四十肩とバランスをとるようにやって来た左の五十肩、これらが6年以上の介護の仕事(+老化)で悪化し、いずれかが引き金となっていつ限界が来るかわからないスリル満点の日々を送っていた。
厄介なのは、腰をカバーすれば肩と膝に負担がいき、膝をカバーすれば今度は肩と腰に負担がかかる。利用者を介護する際の体勢に気を配り、ボディメカニクスと呼ばれる介護技術を駆使し、古武術介護を学び、膝と腰にサポーターを当て、周囲の固定物(壁、手すり、ベッド、テーブルなど)をうまく活用して力を分散させ、たいへんな時は若いスタッフに代わってもらうなど、いろいろ工夫した。おかげで、当初思ったよりはずっと長く持ちこたえた。
が、五十肩だけはどうにもカバーできなかった。腕が水平以上に上がらないのだから、自分の日常生活にも支障がある(天井の電球が取り替えられない)。他人の介護などできるべくもない。
より致命的だったのは、モロボシダン病もしくは自律神経失調症(自己診断)であった。めまい・耳鳴り・動悸・胸や喉のつかえ・寝汗・のぼせ・手足の冷え・倦怠感・抑鬱感・突然の眠気・全身のこわばりなどに襲われた。夏になると症状は悪化した。一日のうちでは起床時が一番ひどく、寝ているうちにポックリ逝くんじゃないかと思ったほどである。
ストレスが原因と分かっていたので、主たるストレッサーである仕事を辞めるほかなかった。悩むも悩まないもない、「ここが潮時ぞ」と後ろの人(?)が告げた。
半月ほど、鍼を打ったり秩父巡礼に行ったり、のんびり過ごした。
仕事を辞めたら、案の定、症状が軽減した。自分の体の正直さに呆れた。それに比べたら、自分の心の何と不正直なことか!
言うまでもないが、ストレスをもたらしたものは、介護の仕事そのもの・職場環境そのものというより、むしろ、ソルティ自身の仕事や環境に対する「向き合い方」にある。もっと適当に、もっとチャランポラン(いい加減)に、もっと肩肘張らずに、もっと周囲に甘えて、ゆったり余裕をもって向き合っていたら、こうまで悪化しなかっただろう。
まあ、生真面目は性分だから仕方ない。
そんなこんなで、四国に旅立つ前は万全な状態にほど遠かった。
連日の長時間歩行や「へんろころがし」の難所に膝と腰が耐えられるか、重いリュックに五十肩が音を上げないか、長期にわたる旅のストレスでせっかく和らいだモロボシダン病が復活しないか、心配はあった。最初のへんろころがし(12番焼山寺)をパスして13番からスタートしようと計画したほどである。(遍路経験ある友人に言ったら「大丈夫だよ」と一蹴された)
「まあ、途中で挫折したら、それはそれでいいか。いったん戻って体調整えて、また行けばいい。区切り打ちに変更したらいい」
リュックに、アリナミンAの小瓶(60日分)、膝と腰のサポーター、サロンパス、トクホンチールを詰めて、旅立った。
別記事で書いたが、最初のうち意識的にゆっくり歩いたのは、自分の体調に不安があったことが大きい。体と心の声を聴きながら、こまめに休憩をとりながら進んでいった。
遍路に入ったとたん、よく眠れるようになった。寝起きもすっきりだった。枕が変わるとこうも違うのかと驚いたが、自然の中を陽光浴びて毎日20キロ歩けば、眠れないほうが不思議かもしれない。
最初の十日間くらい、とにかく喉が渇いてしかたなかった。毎日水分3リットルは飲んだ。そのぶん、汗や尿など出るものもたくさん出た。腎臓がすごい勢いで働いているように感じた。血液も浄化されているのだろう。
たくさん歩くからお腹が減る。ご飯がおいしい。間食はバナナくらい。五戒を守っていたのでアルコールは飲まない。
アリナミンAはよく効いた。おしっこが臭く黄色くなるのが玉に瑕だが・・・。
2週間したら、モロボシダン病の症状すべてが消失した。
効果てきめん!
歩き続けて下半身の筋肉が強化されたせいか、膝と腰の痛みが気にならなくなった。筋肉痛にサロンパスとトクホンチールは活躍したものの、サポーターは疲労が蓄積して弱い部分から訴えを起こすようになった最後の最後まで出番がなかった。五十肩は歩く分には問題なかった。
もちろん、遍路の精神的効用も著しい。
四国の開放的な景観(とくに高知の海)が生まれ変わったように気分を一新させた。仕事を辞めて来たこともあって、若い頃の「何者でもない自分」に戻ったような自由な気分がよみがえった。土地の人々からのお接待や遍路同士の交流を通じ、都会生活ではなかなか味わえない「一期一会」の感覚が湧き起こった。出会いと別れが貴重に思える。つまりこれが「縁」なのだ。
室戸岬を回って高知市に着いた頃には、ここ数十年なかったほど自分がオープンになっているのを感じた。人見知りすることなく(外国人含め)誰とでも会話し、遠慮することなく道や物を尋ね、「ありがとう」という言葉が何の抵抗なく口をついて出る。楽しい気分でニコニコ歩いていれば、やっぱり人に優しくされ、いいことが次々とやって来る。
香川県の札所で、すれ違った人に言われた。
「いい笑顔しているね」
自分はちっとも笑っているつもりなかった。
美しい景色、新鮮な大気、青い空と海、おいしい食べ物、親切な人々、よく笑い・よく語らい・よく歩く規則正しい生活、快眠・快便、あちこちの温泉に浸かり、祈りと読経と五戒で身を律し、難しいことは考えない。そしてロールプレイングゲームのように心湧き立つ冒険の連続・・・。健康にならないわけがない。
65日の人間ドックに入って、心身ともに健やかになって帰ってきた感じであった。それも7キロの減量というお土産をいただいて。
浜に立つソルティ・・・じゃありません
帰ってきて早2か月半。
食べ過ぎやら、飲酒やら、運動不足やら、失業中の引きこもりがちの不規則な生活やら、3キロのリバウンドやら、遍路前の自堕落な自分にすっかり戻った今日この頃である。五十肩は続いているものの、モロボシダンはあれ以来姿を見せない。M78星雲に還ったらしい。体調はまずまず良好である。
それ以外、はたして何かが変わったのだろうか?
四国遍路は自分の内面に何か変化をもたらしたのだろうか?
ま、変わらなくてもいいか・・・。
別格7番金山出石寺から見た雲海