2017年角川新書

 任侠ヘルパーの実態を書いた話かと思ったら、「介護」そのものは呼び水のようなもの。確かにヤクザを辞めて介護職に就いた男の話は出てくるけれど、それは数ページのみで本筋ではない。その意味でメインタイトルはやや詐欺的(笑)。

 著者は1970年福岡生まれ。犯罪社会学を専門とする研究者である。『ヤクザになる理由』『組長の娘』などの著作をもつ、通称「暴力団博士」。
 本書は、「暴力団離脱者が社会復帰する際、どのような思いをし、いかなる障碍があるのか」を、内外の既存研究や当事者へのインタビューなどのフィールドワークをもとに描き出し、元ヤクザの社会復帰が進むためにはいかなる条件が必要であるかを記したものである。社会福祉の専門用語で言うところのソーシャル・インクルージング(社会包括)がテーマである。

 別記事に取り上げたドキュメンタリー『ヤクザと憲法』(東海テレビ、2015年放映)でも描かれているように、暴力団対策法、暴力団排除条例の施行以後、日本の裏社会の様相に変化が生じている。ヤクザへの締め付けが強くなり、組からの離脱者が増加している。
 しかるに、離脱者が表社会にスムーズに復帰できているかと言えば、まったくそんなことはない。本書によれば、「暴排条例が施行されてから7年間、全国で暴力団離脱者は合計4170人で、就職者数はたったの90人」という。つまり、就職率2%である。彼らが職場に定着して、いまも仕事を続けているかについての追跡調査はない。
 さらに、暴力団を離脱しても、一定期間(おおむね5年間)は、銀行口座を開設することも、自分の名義で家を借りることも、教習所に通って免許を取ることもままならない。言うまでもなく、世間の目は冷たい。
 これを自業自得と済まして放っておいていいものか?

 日々を生きるために、暴力団離脱者は稼がなくてはいけません。とりわけ、家族を養う必要がある暴力団離脱者は死に物狂いです。合法的に稼げなければ、非合法的に稼ぎます。彼らが組織に属していた時には、「掟」という鎖がありました。しかし、離脱者は掟に縛られませんし、法律にも縛られませんから、金になることなら、どのような悪事にでも手を染めます。正真正銘のアウトロー(あらゆる掟や規則に縛られぬ存在)の誕生です。

 このアウトローの増加が、日本の裏社会をさらに複雑に、さらに危険なものに変貌させている。
 かつてヤクザには、「カタギの衆には迷惑ばかけん」という一応の掟があった。表社会と裏社会に目には見えない壁があった。アウトローにはこんな壁はない。裏社会が平気で表社会に流入し、カタギの日常が脅かされている。一番わかりやすい例が、オレオレ詐欺の急増や覚醒剤の一般化であろう。
 ある組の元親分夫人(つまり姐御)は次のように述べたそうな――。岩下志麻さまの麗しき着物姿と凄みある啖呵を想像して、読んでほしい。

 ヤクザ辞めた者に、義理も人情もへったくれもないで。カネしかない。カネになることやったらなんでもする連中や・・・・・法律は締め付けすぎやで。


 離脱者のアウトロー化を抑制し、治安の悪化を防ぐためには、どうしたらいいか。著者はこう述べる。

 社会に馴染めない者や犯罪経験者、清く正しく生きられない人たちを受け入れてきた「暴力団というセーフティネット(受け皿)」が、国の政策によって機能不全になっている現在、日本の社会全体が、新たなセーフティネットとして機能しなくてはなりません。

 具体的には、暴力団離脱をスムーズに進めるための「プッシュ要因」と「プル要因」の、童話「北風と太陽」のような連動が必要という。

 プッシュ要因とは、暴力団に居続けることへの魅力の欠如のことです。警察の取り締まりの強化に起因する経済的利益や、暴力団に居続けることへの恩恵の低減は、個人を暴力団から遠ざけるでしょう。
 一方、プル要因とは代替性を指します。それは個人のライフコースにおける暴力団以外のルート、新たな(合法的)活動と道筋に引き付ける環境と状況です。それはたとえば、個人が配偶者や子どもを持ち、地域社会に再統合されて就職することです。


 本書の前半では、劣悪な家庭環境から不良、ヤクザへの道を歩んだ一人の男の人生行路がくわしく語られている。男のジェットコースターのような目まぐるしくも激しい半生と、裏社会の怖さ・底知れない活力の一端がうかがえて、読み物としても面白かった。男はムショ入りをきっかけに組を辞め、家族や周囲の助けあって職業訓練校に通い、いまは施設の介護職として働いている。高齢の入所者から慕われているらしい。介護福祉士の資格を目指して頑張っているとのこと。
 一先輩としては、後進のモデルとなるためにも、ぜひ腰痛に気をつけて働き続けてほしい。

北風と太陽


評価: ★★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損