1996年9月チューリッヒ歌劇場におけるライヴ収録(DVD)
イタリア語

指揮:アダム・フィッシャー
演出:ダニエル・シュミット
チューリッヒ歌劇場管弦楽団&合唱団
キャスト
 リンダ : エディタ・グルベローヴァ
 カルロ : デオン・フォン・デル・ワールト

 『シャモニーのリンダ』は、有名なオペラとは言えないし、ドニゼッティの作品の中でもとくに優れているとは言い難い。主役を歌うのが人気実力兼ね備えたよほどの名歌手でなければ、わざわざ上演するほどの演目ではない。集客も期待できまい。
 この舞台が成った一番の理由、このライヴが収録されDVDとして発売されるに至った一番の理由は、主役リンダをつとめた稀代の名ソプラノ歌手エディタ・グルベローヴァの歌唱にあるのは、誰もが認めるところであろう。
 スイス出身の往年の名監督ダニエル・シュミットの名が演出に上がっていることも、確かに興味を引く一因ではあるが、幕が上がってしまえば、観客のすべての集中は、舞台セットや美術や歌手たちの動きではなく、グルベローヴァの声に絞られる。

 1946年生まれというから、この時ちょうど50歳。
 若々しい容姿にも驚かされるが、衰えを感じさせない声の美しさと威力とテクニックは、「いったい、この人は何を食べているんだろう?」と思わずにはいられない。クレオパトラは美貌を保つために真珠を溶かした酢を飲んでいたと言われるが、グルベローヴァは毎朝赤マムシドリンクかウグイスの糞でも飲んでいるのでは?
 ウンカの如く出現しては消えていった歴代ソプラノの中で、彼女の声だけは絶対に他の歌手のそれとは聞き違えられることはあり得ない。本当に独特の声である。玲瓏な玉のような滑らかさと、清代の陶磁器のような艶を持ち、自在に音階を滑り降りするさまは炎の舞いのよう。それも冷たい青い炎だ。幕切れの変ホ音(2オクターヴ上のミのフラット)も見事に決めている。使い馴れた楽器のように自らの声を完璧にコントロールしているその知性は言わずもがな。


青い炎


 若く才能あるソプラノ歌手が登場するたびに、「100年に1人の逸材」といった文句で持て囃されるのは今も昔も変わりない。が、本当に「100年に1人」なのかどうかは、時の判定を待たなければならない。運よく世界の檜舞台に立てても、その実力と名声を持続し続けるのは難しい。
 グルベローヴァは1970年代に頭角を現し、「コロラトゥーラの女王」として世界の一流劇場で歌い続け、その後は声の変化と共にレパートリーを次第に広げ、いつのまにか「ベルカントの女王」として君臨し、2000年代に入ってついにソプラノ歌手の頂点たるベッリーニの『ノルマ』を歌い成功させた。昨年10月に日本最後のリサイタルをしたらしい(72歳!)。

 もはや、「100年に1人の名歌手」と断言しても間違うことはあるまい。



評価: ★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損