いま読んでいる本の中に出てきた言葉で、一瞬意味が分からず戸惑い、そのすぐあと「アア」と了解し「フッ」と笑ったのは、「来熊」という言葉であった。
 「熊が来る? そりゃ大変だ」

 
パンダ

  
 著者は熊本県に住む元高校教師で、教員時代に作家の三島由紀夫が取材で熊本を訪れたとき一緒について回り、案内した。そのくだりで何の説明もなく「来熊」が出てきたのである。
 もちろん、これは三島由紀夫が「熊本に来る、来た」の意である。そのあとのほうで「帰熊」「在熊」という言葉も出てくるので、熊本県民の間では普通に使われているのだろう。
 ちなみに、読み方は「らいくま」「きくま」「ざいくま」ではなく、「熊」を「ゆう」と読んで「らいゆう」「きゆう」「ざいゆう」である。 
 
 今を去ること25年前、ソルティが東京から仙台に居を移したとき、現地発行の新聞や印刷物の中に見つけて、やはり最初何のことだか分からず、意味を知って面白く感じたのが、「来仙」「帰仙」「在仙」という言葉であった。なんだか中国の奥地にある桃源郷から、白く長いあご髭を生やした御老体が雲に乗ってやって来る、みたいなイメージである。
 こんなふうに使われる。
 
 ベンチャーズ、最初で最後の来仙公演!
 いま北海道に出張中です。帰仙したら「白い恋人」もって伺います。
 在仙25年になるのに、いまだよそ者扱い。東北の人は閉鎖的だね。

 面白いのは、宮城県については聞いたことがない。つまり、「来宮」「帰宮」「在宮」という言葉は使われていない。「宮」を「御所」と取って、ご大層な意味と勘違いされる可能性があるからだろうか。
 
 こんなふうに、どこか遠くから発話者のいる土地に、人が「やって来る」、「帰ってくる」、あるいは「滞在している」ことを表すのに、「来」「帰」「在」という漢字に地名の一字を組み合わせることはよく行われる。というか、地方に住んでいる人ならそんなこと今さら言われるまでもないだろう。
 仙台に越した27歳になるまでソルティがそういう風習を知らなかったのは、それまで埼玉県と東京都でしか暮らしたことがなかったからである。

 埼玉の場合、「来埼」「帰埼」「在埼」あるいは「来玉」「帰玉」「在玉」なんて誰も言わない。県民の郷土愛が低いのであろうか? 団結性に欠くのであろうか? 
 東京の場合は、「帰京」「在京」は見聞きするが、「来京」は使われない。おそらく、「来〇」という言葉は、「中央で活躍しているお偉い先生、人気あるスターがわざわざ当地まで足を運んでくださる」というちょっと卑下の入ったニュアンスがあるから、日本の中心であり各地域にいま流行りの人物を派遣・紹介する立場にある全国区・東京には要らん言葉なのだろう。「徳島県で大人気のお笑い芸人がついに来京!」とか、ギャグみたいに聞こえる。
 
 ネットで調べてみたら、「来(帰、在)+都道府県名の一字」が使われている都道府県と、宮城や埼玉のように使われていない都道府県があった。 

● 頭文字が使われる
青森、岩手、秋田、福島、栃木、群馬、富山、福井、
長野、岐阜、静岡、京都、鳥取、岡山、広島、香川、
徳島、高知、福岡、佐賀、熊本、鹿児島、沖縄

  ※群馬の「来群」は稀である。
  ※秋田の「来秋」は、「来年の秋季」という意味にも解釈できるため、避けられる傾向がある。

● 語末の字が使われる
山形(来形)、千葉(来葉)、大阪(来阪)、長崎(来崎)、大分(来分)、北海道(来道)

● 特殊なケース

新潟(来越)・・・ 越後国に由来
奈良(来寧)・・・ 雅称である「寧楽」に由来

● 該当する語がない

宮城、茨城、埼玉、東京、神奈川、山梨、愛知、石川、
滋賀、和歌山、兵庫、三重、島根、山口、愛媛、宮崎

 鳥取県の「来鳥」や鹿児島県の「来鹿」は、「来熊」と並んでアニマルランドな感じである。
 福島、福井、福岡の「来福」はなんとも縁起が良い。(中華料理店を思わせる?) 
 愛知と愛媛の「来愛」がないのは残念。
 兵庫の「来兵」はなくて良かった。

 また、「来仙」のように、都道府県でなく都市名に付くケースも多い。

来神(神戸)、来甲(甲府)、来札(札幌)、来旭(旭川)、来函(函館)、
来盛(盛岡)、来水(水戸)、来浜(横浜、浜松)、来名(名古屋)、
来沢(金沢)、来勢(伊勢)、来姫(姫路)、来博(博多)・・・など


 埼玉県では「来埼」や「帰埼」は使われないと書いたが、都市名ではどうだろう?

 なんと、これがあったのである!

 来秩

 秩父である。「菅原文太、来秩!」なんてニュースがネットに載っている。
 さすが、秩父事件の地元である。
 郷土愛、団結性はゆるぎない。


秩父札所めぐり2日 057