1992年東京創元社
1999年文庫化

 本格ミステリーである。
 本格ミステリー(または本格推理小説、本格派探偵小説)とは、「謎解き、トリック、頭脳派名探偵の活躍など」を主眼とする推理小説のジャンルの一つである。この分野の本舗にして典型は、大御所エラリー・クイーンの国名シリーズになるだろう。ご多聞に漏れず、ソルティも高校生の頃にはまった。

 クイーンと言えば、物語佳境に差し込まれる「読者への挑戦」が有名である。高校生ソルティもそこでいったん本を閉じて、無いアタマを絞って犯人当てに取り組んだものだ。
 大体は敗北した。
 再びページを開いた後に名探偵エラリーが華々しく展開する推理を読んで、「なるほど、そうだったのか!」「そこに気づかなかった」「さすがは名探偵!」と、悔しく思ったり自らの推理力の無さを嘆いたり作者の巧妙な仕掛けに感嘆するよりは、「それはちょっと強引じゃない?」「他の可能性だってあるんじゃない?」「こじつけっぽい」と不満に思うことの方が多かった。
 ホームズの推理に比べると、エラリーの推理には穴が多いなあという印象を受けた。謎解きに敗れた負け惜しみだったのかもしれない。今読んだら、どう感じるだろう?

 『双頭の悪魔』にはなんとこの懐かしき「読者への挑戦」が差し込まれている。
 それも3度も!
 「江戸の敵を長崎で打つ」じゃないが、かつての雪辱を晴らすことができるだろうか。
 そんな思いもあって、この670ページの長編に取り掛かった。

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 結果はなんと見事雪辱を果たした。
 3度の挑戦のいずれにも正答し、3つの殺人の犯人を図星した。
 のみならず、この小説の背骨となるトリックも途中で見抜くことができた。
 やったぜ!

 ――とまあ気分のいい読後感をもらったのであるが、なぜ犯人やトリックを当てることができたのかを率直に言えば、純粋に提供された材料のみからの推理というよりも、書き手すなわち有栖川有栖の創作上の苦心の跡をたどることによって、なのである。
「なぜ作者はここでわざわざこんな描写を入れるのだろう?」
「なぜ作者はここでこの登場人物にこんなセリフを言わせるのだろう?」
「なぜここで当然してもよいはずの問いかけを登場人物にさせないのだろう?」
といったように、書き手の目線に立つことで、作者の計らいを推理したのである。
 つまり、作者がどのように読者に読んでもらいたがっているか、どのように推理を組み立ててほしいのかを理解して、そこから小説全体の構造(タイトルも含めた)を読み解いて、犯人とトリックを推測したのであった。
 推理の対象は、物語の中の犯罪ではなくて、作者の頭の中だったのである。

 こういった読み方は、高校時代にはできなかった。目の前に差し出された物語に夢中になって、そんな余裕はなかった。幸せと言えば幸せである。

 本を読むというのは、書かれている物語を読むと同時に、書いている作者を読むことでもある。
 それこそ、双つの頭を持った悪魔のように冷めた態度で。



評価:★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損