2001年双葉社

 他人のお遍路体験を読む楽しみはどこにあるのか?

 自分自身が遍路に行く前は、予習の意味合いがもっぱらであった。   
 どんな道や宿やお寺があるのか
 道中どんな名所があるのか
 どんな景色と出会えるのか
 どんなリスクやチャレンジが待っているのか
 どんなコツや対策が役に立つのか
 どんな苦労や喜びが待っているのか
 ・・・・・
 四国の地図を傍らに置いて、頭の中で光景を思い浮かべ、ワクワクしながら事前旅行を重ねていた。

 遍路から戻ってきたあとは、他人の体験談を通して、自分の遍路体験をより一層鮮明に、よりオリジナルなものとして刻印するよすがとして読むことになる。 
 そうそう、こんな道があった
 自分も同じようなお接待を受けたな
 似たようなお遍路さんとの出会いがあったっけ
 自分はこの道は選ばなかった
 うん、自分もこの札所では同じように感じた
 いや、自分は違った印象を受けた
 ・・・・・
 自らの体験と似たところで共感し懐かしさに浸る。自らの体験と違うところで他者を発見し、おのれの旅のオリジナリティを知る。
 そんな面白さがある。

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 著者の馬渕は1942年生まれのライター。童話作家でもある。
 区切り打ちで四国に出かけたのは55歳のとき(1997年)というから、ソルティと同い年のときに初遍路している。
 同い年だけど二回り近く世代の違う男がどんなことを感じ、何を思うか。また、20年前と現在とでどんな違いがあるのか。比べてみるのは愉快である。
 
 20年前にはスマホはむろんインターネットは汎用化されていなかった。旅の情報はもっぱら紙媒体か、口コミだった。
 ソルティが連日のように出会った外国人遍路も当時は珍しかった。
 お接待は(おそらく)今より盛んだった。
 今よりずっと「訳あり遍路」が多かった。
 道も険しかった。
 馬渕の人柄によるものなのか、あるいは本として出版することをあらかじめ想定しての旅だったためか、他の遍路や地元の人との交流譚が多い。(そこが本書の一番の魅力である)
 
 遍路のありさまは年々少しずつ変わってきているけれど、「お大師様と同行二人」の精神と、どこかの時点で自然と湧き起こる感謝の念は、今も昔も変わりない。


杖杉庵の二人
懺悔改心する衛門三郎と弘法大師
(12番焼山寺麓の杖杉庵)



評価:★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損