2018年イギリス・ヨルダン・カタール・イラク合作
84分

原題もUnder the Shadow
1988年、イラン・イラク戦争下の首都テヘランが舞台。

イスラム国のホラー映画を観たのは初めてかもしれない。
日本映画なら悪霊や妖怪に、西洋映画なら悪霊や悪魔に与えられる、登場人物を畏怖させ襲撃する特権的役割を精霊(ジン)が担っている。

 ジンとは、アラブ世界で人にあらざる存在であり、なおかつ人のように思考力をもつとみなされる存在、すなわち精霊や妖怪、魔人など一群の超自然的な生き物の総称。千夜一夜物語(アラジンと魔法のランプ)に登場するランプの精が有名である。

 普段は目に見えないが、煙のような気体の状態から凝結して固体となって姿を現す。その姿も変幻自在で、さまざまな動物や蛇、巨人、醜い生き物、さらには美しい女性にも変わることができる。知力・体力・魔力全てにおいて人間より優れるが、ソロモン王には対抗できないとされる。
(ウィキペディア『ジン』より抜粋)

なるほど。
子供の頃にテレビで観た人気アニメ『ハクション大魔王』のランプの精こそ、ジンだったのである。
なんか一気に親しみやすさ倍増。

ランプの精

 主人公シデーは美しく知的な女性。ハンサムで優しい医者の夫とかわいい一人娘ドルサと共に、イランの首都テヘランに住んでいる。
 医学生時代に左翼活動していた過去を持つシデーは、伝統的なイスラム女性像とはかけ離れている。西洋風のインテリアに囲まれたお洒落なマンションに住み、西洋の洗練された衣装に身を包み、赤いマイカーを乗り回し、ジェーン・フォンダのビデオを見ながらタイツ姿でエアロビし、医者になる夢を捨てきれず復学を志し、顔と手以外の肌を人目から隠すヒジャブやヒマールといった布を被るのを怠って外出し補導され、従軍が決まった夫の勧めに耳を貸さずミサイル攻撃の噂されるテヘランを離れようとしない。
 夫の留守をドルサと共に過ごすシデーだったが、マンションの上階にミサイルの不発弾が落ちたのをきっかけに情緒不安に陥り、ジンの存在に脅えるようになる。
 
 ――と、あらすじを紹介したのは、単なるホラーとは違っていることを言いたいからである。
 制作者がここまでシデーをアメリカかぶれした反イスラム的女性に設定したのは、意図あってのこととしか思えない。自己主張の強い、夫をコケにする鼻持ちならない強情な女、まるでアメリカドラマ『デスパレートな妻たち』に登場する妻たちのごとく描かれている。
 それが、伝統的なアラブ世界の魔物であるジンに脅かされ、イスラム教の女性のシンボルであるヒマール(布)に襲われ、次第に精神を狂わされ、追い詰められ、最後には娘を連れてマンションをほうほうの体で飛び出し、夫の実家に車を走らせる。
 つまり、西洋風の自立した女性を目指すアラブ女性が、イスラムの伝統文化と宗教の前に屈して、あるいはそれらを軽視したことでジンの怒りを買い、鼻っ柱を折られて敗北するストーリーと読めるのである。形はホラーでありながら、社会派映画、プロパガンダ映画の匂いが強い。(実際、ホラー映画としては凡庸である)
 
 肝心なのは、シデーの敗北を制作者がどう描こうとしているかである。
 「やはりアラブ女性は伝統にしたがい、肌を隠し、夫に従順に生きるべき」と言いたいのか。
 それとも、女性が自由に自立して生きることを許さない因習社会の弊害を描きたいのか。
 保守なのか革新なのか。監督の姿勢が今一つ見えてこない。
 
 映画の作り自体はまったく西洋的である。
 計算された画面構成と色彩設定、ホラー場面の演出方法、音の使い方など、監督は西洋で映画を学んだはずだ。西洋文化や価値観をよく知っているのは間違いない。むろん、そこから見たイスラム文化の歪みや陋習も分かっているだろう。
 
 ここで制作国に目をやる。
 イギリスとヨルダン・カタール・イラクの合作である。
 スポンサーも鑑賞者(観客)も両文化にまたがっているわけだ。
 つまり、どちらのスポンサーも鑑賞者もそれなりに満足させなければならない。
 西洋寄りでもイスラム寄りでもまずい。
 
 中道をとった、というのが監督の答えなのだろう。
 さすればジンの脅かしも、実は悪意からではなく、危険なテヘランから一刻も早くシデー母娘を追いやろうとする優しさからであった、と読むことができる。(通常のホラー映画ならば、悪霊は屋敷から容易には逃がしてくれないものだから)
 
 賢い監督である。

 
評価:★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損