1964年松竹
162分

 原作は山本周五郎。当然、時代は江戸。
 手をかけて育ててくれた義父(=加藤嘉)の敵を討つ娘(=岩下志麻)の話である。

 監督が野村芳太郎で、加藤嘉と加藤剛が出演し、音楽は芥川也寸志と来たら、同じ松竹の『砂の器』(1974)を連想するが、この映画のBGMはまさに後年の『砂の器』、あるいは『犬神家の一族』につながるものである。宿命と日本的因習と因縁の響き。

 当時23歳の岩下志麻のさえざえした美貌と熱演が光る。23にしてこの演技は、やはり生まれついての役者というほかあるまい。
 母親役の左幸子のあだっぽさ、チョイ役だが強い印象を放つ市原悦子、当時26歳の加藤剛の水もしたたる二枚目ぶりも見もの。
 
 岩下演じる娘おしのは潔癖症のおぼこ娘。
 大店の旦那が手をつけた女中の子という自らの出自、夫(おしのから見れば義父)を裏切る母親の男狂いを知って、世間一般の男女関係が許せない。
 義父の敵をとる為に、自らの美貌と若さを武器に標的となる男どもに迫ってゆくのだが、むろんセックスはできない。色仕掛けを用いながら最後の一線は越えさせようとしないおしのの手練手管がとてもとても処女とは思えない。男から見れば、高度のじらしテクニックと見えるのだ。
 おしのが梶芽衣子や若尾文子だったら、敵討ちのために徹底的に「女を磨く」という修練シーンが入りそうである。(敵討ちの協力者を買って出る佐吉こと 西村晃あたりが指南役か) 松竹の女優にはそれは無理。
 そこが不自然な気がするけれど、志麻さまの毎度のじらしテクこそ、この映画一番の見ものかも。


カメリア



評価:★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損