2009年原著
2013年角川文庫

 スウェーデン発の弩級ミステリー、というか警察小説、というか反警察小説、というかピカレスク(悪漢)小説である。
 著者の一人ルースルンドはジャーナリスト、もう一方のヘルストレムは元服役囚で犯罪防止を目指す団体KRISの設立者(2017年癌で死去)。この二人のタッグから、現代の国際マフィアの実情やスウェーデン刑務所の実態が窺える極めてリアリティ豊かな小説が生まれた。
 まさに蛇の道は蛇。覚醒剤のアンタフェミンがチューリップの香りがするとは初耳であった。

黄色チューリップ


 前科者のピート・ホフマンは、警察に極秘裏に雇われて国際犯罪組織ヴォイテックに潜り込み内偵している。香港映画『インファナル・アフェア』(2002)のヤン同様のいわゆる潜入捜査員である。
 麻薬の密売で成功を重ね組織の信頼を勝ち得たピートは、中枢メンバーとの面談を許され、次なる大仕事を任される。スウェーデンの刑務所内に麻薬市場を作ること。そのためにはピートはわざと逮捕されて収監されなければならない。
 警察にとってもこれは、ヴォイテックの活動に打撃を与えるチャンスである。ピートは、内閣府や警察庁長官の後ろ盾を得て、囚人たちを畏怖させるに十分な偽の犯罪経歴を背負い、凶悪犯として刑務所に潜り込む。もし、警察の内偵者であることがばれたら、一瞬にしてすべての囚人が敵に回り命を狙われる。一方、犯罪者を利用して潜入捜査を行っていることを表沙汰にしたくない内閣や警察からも切り捨てられる可能性も大。そんな危険を承知の上で・・・。

 ――というエキセントリックでハラハラする設定を枷として、ピートの命懸けの闘いが描かれていく。
 このピートの魅力が本編の成功の主因であろう。
 孤独な前科者から、愛する妻と二人の子供を持つ一家の主になったピートには、今や守りたいものがある。生きる希望がある。考えられるあらゆる事態を想定して事前に様々な手を打ち、用意を整え、鳴り物入りでムショ入りし、最悪の展開となった時にも冷静さを失わず坦々と行動するピートの素晴らしい頭脳や強靭な精神力や孤軍奮闘ぶりに、読む者は喝采し応援せざるをえない。
 これぞまさしく悪漢ヒーロー。
 ライアン・ゴズリングあたりを主演に映画化したら面白かろう。
 
 上下巻900ページ近い長さの上に、スウェーデンの人名が難解で覚えにくい。スヴェン・スンドクヴィスットとか、グジェゴシュ・クシヌーヴェックとか、エーヴェルト・グレーンスとか・・・。『カラマーゾフの兄弟』などのロシア小説の登場人物名以上の煩わしさである。慣れるまで時間がかかった。
 ピートがムショ入りする上巻終盤からは息もつかせぬ面白さで、下巻は一気に読み上げた。
 
 また一人、ほかの作品にも当たりたいと思える作家が生まれた。
 
 
 
評価:★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損