日時 2019年6月15日(土)19:00~
会場 江戸川区総合文化センター 大ホール
曲目
  • ベートーヴェン:序曲「コリオラン」 
  • シューベルト:交響曲第7番「未完成」 
  • ドヴォルザーク:交響曲第8番
指揮:汐澤安彦

 江戸川区総合文化センターは、総武線新小岩駅から歩いて15分の住宅街にある。新小岩の二駅先が市川、千葉県である。埼玉にあるソルティの家から2時間以上かかる。
 篠つく雨の中をこんな遠いところまで足を運んだのは、汐澤安彦の音楽を聴かんがためであった。
 評判は耳にしていたものの、これまで聴く機会がなかった。

 下町イメージの強い江戸川区に、広尾か青山の高級住宅街のような流水と緑に囲まれた閑静でハイソな一角があり、そのど真ん中に真新しく立派な文化センターはあった。
 15年以上前になるが、この裏手にある江戸川保健所までエイズ検査を受けに来たことがある。結果の待ち時間に周辺を散策したが、ずいぶん辺鄙な、潤いに欠けた土地だなあと思った。
 変われば変わるものである。


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 汐澤を聴くのがはじめてなら、上智大学管弦楽団を聴くのもこれがはじめて。
 汐澤はなんと1965年から同楽団の常任指揮者を務めている。すでに半世紀以上。子飼い、いや孫飼いのオケと言っていいだろう。
 その上手さは、一曲目の「コリオラン」で瞬く間に了解された。
 現在、音大系をのぞいて、大学オケでこれほど上手いところはなかなかあるまい。早稲オケ慶応ワグネルも上手いと思ったが、上智オケは大人度が高い。学生の出す音とは思えない。大学オケのみならず、数あるアマオケの中でも五指に入る、少なくとも十指に入るのではなかろうか。
 しかも、全体的に上手いだけでなく、ソロパートも優れていた。汐澤はじめトレーナーによる鍛え上げの成果であろう。

 二曲目の「未完成」こそ、今宵一番の衝撃であった。
 ソルティの中でシューベルト(1797-1828)は、モーツァルト(1756-1791)とベートーヴェン(1770-1827)の間に位置する存在であった。生まれ年では、ベートーヴェンより30年近く遅いのだが、なにせ早死に(31歳!)だったので、その生涯はベートーヴェンの後半生にほぼ重なってしまう。
 なので、ロマン派音楽の幕開けを華々しく飾った感のある後期ベートーヴェン(たとえば『第九』)に比べると、どちらかというと古典派であるモーツァルトに近いような印象があった。歌曲や室内楽のような(宮廷やサロンで演奏される)小品に傑作が多いことも影響しているかもしれない。
 最も有名な『未完成』もまた、流麗でわかりやすく美しいメロディのため、モーツァルトの交響曲40番の系列、つまり “BGMになり得る” 心地よい音楽として聴いていた。
 しかるに、このイメージが打ち破られたのである!

 この曲がこれほど堂々たる交響曲であるとは思わなかった。
 なんとまあ多彩で、深みがあり、風格あることか!
 それぞれの楽器が細やかに歌っていることか!
 汐澤の指揮は、この曲に深さと厚みと品格を与え、ベートーヴェンの交響曲と比してまったく遜色ない、まぎれもないロマン派の傑作であることを教えてくれた。
 とりわけ、唸らされたのは品格である。
 深さと厚みはある程度テクニックで引き出すことができようが、品格は気質である。小手先でどうこうできるものではない。
 これこそは、汐澤と上智オケとの長年の交流が醸造させたエッセンスなのであろう。
 どんなエログロ、どんな暴力的な題材を取り上げようとも下品には決してならない大島渚監督の作品群を想起した。
 
 三曲目のドヴォルザークはもはや言わずもがな。
 牧歌的で心浮き立つ汽車の旅をしているうちに、つい微睡んでしまい、目覚めたらいつのまにか天上へと続く光の軌道を走っていた、といったイメージが浮かぶ第8番。
 品格の輝きは、この曲に神々しさをもたらした。一瞬、ゲーテ『ファウスト』の最終シーンを垣間見たほど。
 汐澤と上智オケによるマーラー『復活』や8番を聴いてみたいものである。

 遠路はるばる来た甲斐あった。



評価:★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損