1967年原著発表
2018年創元社推理文庫

 パット・マガー(1917-1985)は、『七人のおば』や『被害者を捜せ』などで知られるアメリカのミステリー作家。
 本作は、なんと発表から半世紀以上たっての初の邦訳とか。
 驚きである。十分面白いだけに・・・。

 面白さの一番の要因は、これが演劇を材にとった小説であること。
 地方劇場でひと夏かけられる不条理劇、その稽古初日の顔合わせから始まって、本番当日に至るまでの一連の芝居作りの過程が描かれる。
 当然、登場人物はみな演劇関係者。商業演劇のスター男優、その妻の美人女優、その息子の新進劇作家、演出家、プロデューサー、貴族のパトロン、ベテラン俳優、中堅役者、新人女優、研究生。
 つまり、薬師丸ひろ子主演『Wの悲劇』のようなバックステージものなのである。役を奪われた俳優が怒ったり、ベテラン役者が勝手のわからぬ初の不条理劇出演に戸惑ったり、ワガママ女優の傍若無人な振る舞いに作家や演出家が振り回されたり、新人女優とスター男優の間にロマンスっぽいものが育ったり・・・。文字通り「舞台裏」を覗く面白さである。『ガラスの仮面』が好きな人ならば、これにハマらないはずがない。
 そこに17年前に起きた崖からの墜落死の真相は?――という謎がからむ。

舞台


 とりわけ斬新なトリックがあるわけではない。意外な人物が真犯人というわけでもない。ミステリー自体は凡庸と言っていい。
 しかし、キャラクターの魅力とストーリーテリングの巧みさで、最後まで読者の気をそらさない。
 登場人物の心理によって物語が自ずと展開されていく、こういう当たり前の(=不条理でない)小説を読むと、大掛かりなトリックで読者を驚かしたいがために、舞台設定と人物設定と筋書きとを逆算的に組み立てているように思える昨今の日本の本格推理小説群が、空疎で不条理なものにすら感じられる。

 なぜこれまで翻訳されなかったのか――それが最大のミステリーである。


評価:★★★


★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損