2011年集英社新書

 本書は二部構成になっている。
 第一部がダライ・ラマ十四世による『般若心経』解説、第二部がダライ・ラマと脳科学者茂木健一郎との『人間の脳と幸せを科学する』と題する対談。
 読むべきは、第一部である。
ダライラマイラスト


 『般若心経』の解説書は、日本でもたくさん出ている。どれも似たり寄ったりの気もするし、いろんな解釈があってワケがわからないという気もする。つまるところ、それだけ難しいお経なのだ。あるいは、それだけ不親切なお経なのだ。
 おそらく、出版されている解説本の中でもっともユニークで過激なのは、アルボムッレ・スマナサーラ長老による『般若心経は間違い?』(2007年宝島社刊行)であろう。内容についての是非・賛否はともかく、『般若心経』を無批判に受け入れ有り難がる日本人の思考停止に冷水をかけてくれる貴重な書で、一読に値する。

 わずか300字足らずの『般若心経』の中で、文字通り「心」となるのは色即是空、空即是色のフレーズであろう。つまり、『般若心経』とは「空」をテーマにしたお経なのである。
 解説者がこの「空」をどう理解しているかで、いろいろな解釈が生じているように見受けられる。
 たとえば、ソルティが先日参加したある仏教講演において、講師の禅僧は「空=いのち」と解説していた。「すべての存在(=色)はいのち(=空)のあらわれである」とは、アニミズム的心性を持つ日本人には馴染みやすい解釈だなあと思った。

 さて、ダライ・ラマ十四世は「空」についてこう語っている。

 空とは、よく勉強した上で正しく理解しないと、何も存在しないのだからだいじょうぶだ、と考えて虚無論に陥ってしまう危険があるのです。つまり、智慧の劣った者が空の意味を誤解してしまうと、間違った見解を持つようなことになってしまいます。

 「空」は「無」とは違う。「なにもない」、「からっぽ」、「ゼロ」、「無意味」ではない。
 「この世界は本当は存在しない。いっときの夢のようなものだから、ここで何をしようがまったく問題ない。もちろん、来世もないし天国もない。だから、好き放題に今を楽しんで生きればいい」と考えるのは、間違った見解ということだ。

 さらに、こう語る。

 空とは、「縁起」を意味しています。そして「縁起」とは、「すべての現象は他のものに依存して名前を与えられたことによって生じ、存在している」という意味なのです。「縁起」を理解する目的の一つは、ものごとを全体的にとらえることができるようになるためです。

 「色即是空」とは、物質的な存在(色)はその自性による成立がないので、空の本質を持つものである、ということです。
 そして、「空即是色」とは、自性による成立がない物質的な存在の究極のありようである空が、物資的な存在として現れている、という意味です。

 空を理解して、物質的な存在が究極的にはどのように存在しているのかを知ることによって、物質的な存在には実体がないことを理解すると、実体をつかむ心が起きてくることはなくなります。すると、間違った認識を持つことはなくなり、輪廻から自由になって、涅槃に至ることができるのです。


 これは、言葉で理解する問題ではない。
 いくら何百という仏典を熱心に読み込んでも、何千何万回、般若心経を唱えても書写しても、真に理解できるものではない。
 理解するには智慧が必要であり、智慧を得るためには現象を客観的に見つめ分析する観察力と集中力とが要る。
 瞑想修行の重要性はここにある。



評価:★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損