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2006年原著刊行
2018年早川書房

 『三秒間の死角』でファンになったスウェーデンのミステリー作家の過去作を追う。
 『三秒間』と同じエーヴェルト・グレーンス警部シリーズの第3作である。邦訳されていない第4作をはさみ、5作目の『三秒間』へと時系列で続く。警察機構に属しながらも KY(いささか表現が古い?)で一匹狼風のグレーンス警部はなかなか魅力的な御仁である。

 本作は邦訳で540ページの大著のうえ、メインテーマが「死刑制度の是非を問う」と来ている。どうしたって重厚な社会派ミステリーとならざるをえない。読みでは保証する。
 とはいえ、スウェーデンにおいて死刑制度はもはや議論の対象ではない。今を去ること40年以上前(1974年)、憲法改正によって死刑制度は廃止されている。現在では、多くの国民にとって死刑 NG は自明の理で、訳者あとがきによると、「死刑は前時代的、非人道的であるとの認識が浸透している」とのこと。彼らから見ると、日本は「前時代的で非人道的」なお国柄なのである。

 著者はくだんのテーマを展開するにあたって、死刑制度のある国アメリカを対置させる。
 アメリカのオハイオ州の刑務所に少女殺しの罪で収容されていた死刑囚ジョンは、死刑廃止論者らの奇策によって脱走に成功し、スウェーデンに高飛びした。新しい名前と職を得て、結婚し子供をつくり、それなりに幸福に暮らしていた。
 ところが、生まれつき怒りをコントロールできないジョンは暴力事件を起こしてしまう。グレーンス警部に逮捕され、身元が調べられた結果、正体がばれてしまう。事態は即刻アメリカに伝えられる。
 死刑囚の引き渡しを要求するアメリカと、死刑になることが分かっている人間を強制送還することに反対するスウェーデン世論との対立が沸き起こる。

 むろん、スウェーデン人である著者二人の姿勢は死刑反対である。
 反対理由の一つとして著者がプロットに仕掛けたのは、「冤罪の可能性」である。無実の人間が死刑になってしまう可能性がゼロでない以上、死刑制度は NG ということだ。『狭山事件』、『足利事件』、『名張毒ぶどう酒殺人事件』と、本邦でも冤罪あるいはその可能性の高い事件は少なくない。
 ミステリーに欠かせない意外な結末と兼ねて、著者は少女殺しの真犯人と、尋常でないその動機を用意する。ジョンはまさしく冤罪だったのである。
 しかも、最後にもう一つ別の冤罪も作り上げ、ジョンの死刑を望むもっともな理由を持つ死刑推進派のリーダー的存在をその罠に陥れる。つまり、アメリカをして、二人の無辜のアメリカ人を死刑に処させしめる。

 真犯人の常軌を逸した動機と、最後に読者に提示される冤罪の罠。
 そこに至るまでの丁寧で念入りな筋運びに比して、この結末はかなり強引で不自然で酷過ぎる。ソルティは著者同様、死刑反対の立場をとるものだが、さすがにこの結末には共感できなかった。
 

評価:★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損