2007年ポーランド
122分

 第二次大戦中に実際にあった捕虜大量虐殺事件を題材にした映画。
 恥ずかしながらソルティは知らなかった。

カティンの森事件は、第二次世界大戦中にソビエト連邦(ロシア共和国)のグニェズドヴォ近郊の森で約22,000人のポーランド軍将校、国境警備隊員、警官、一般官吏、聖職者がソビエト内務人民委員部(NKVD)によって銃殺された事件。NKVD長官ベリヤが射殺を提案し、ソビエト共産党書記長スターリンと政治局の決定で実行された。(ウィキペディア『カティンの森事件』より抜粋)

 ワイダ監督の父親は犠牲者の一人だった。冷戦時ソ連支配下のポーランドでは、到底映画化できない。1989年に共産党政権が終わりを告げ東欧民主化が始まったことで、真相をつまびらかにできるようになったのである。

暗き森


 アンナの夫アンジェイはポーランド軍将校。不可侵条約を破ってポーランドに侵攻したソ連の捕虜となって、アンナと娘ニカの目の前で収容所に連れて行かれる。ニカと共にアンジェイの帰りを待つアンナ。一方のアンジェイは自分の身に起こることを手帳に書き留める決心をする。
 その後、ナチスドイツがソ連を追いやってポーランドを占領する。カティンの森近くで大量の虐殺死体を発見し、ソ連軍の仕業と報じる。アンジェイの訃報を聞き、気絶するアンナ。
 その後、連合軍が勝利し、ポーランドは共産主義国家となってソ連の支配下に置かれる。するとカティンの森事件の真相は隠蔽され、今度はナチスドイツの仕業と喧伝されるようになる。それを疑うものは容赦なく処罰される。
 そんな時、アンナのもとに真相を書いた夫アンジェイの手帳が届けられる。

 ソ連とナチスドイツに翻弄されるポーランド、その中で覆い隠されていく歴史の真実。身を守り家族を守るために体制に組み込まれ、口を閉ざしていく国民。遣りきれない現実。
 『灰とダイヤモンド』、『大理石の男』などの巨匠ワイダ監督は、冷静な視点でこの未曽有の悲劇を描き切る。堂々とした風格とゆるぎない映像、余分なものを削ぎ落したリアリスティックな語り口は、実の父親の件を思えば感情的になっても仕方ないと思うだけに、かえって偉大さを感じさせる。問題の虐殺場面の惨たらしさは目を覆いたくなるほどで、『サウルの息子』に匹敵する。

 しかし、我々日本人には、「ナチスドイツはひどい」、「ソ連はひどい」と非難する資格はもとよりない。うしろめたさを感じることなく、この映画を観ることは許されまい。
 もちろん、日本人ばかりではない。アメリカもイギリスもスペインも中国も韓国もインドもカンボジアもインドネシアもルワンダもバチカンもしかり、歴史上なんらかの虐殺の加害者になったことのない国家などむしろ少ないであろう。
 戦争の悲惨さ、ホモ・サピエンスの残忍性、人類の愚かさ、権力の恐ろしさ、国家の蒙昧、果てしなき無明。
 それを痛感することが、歴史上の何億という犠牲者に対する供養のはじめであろう。

 認知症老人がブレーキと間違えてアクセルを踏み込んでいくように、またしても戦争へと踏み込んでいく気配漂う昨今の日本。親日家のワイダ監督(2016年没)はどう思ったことだろう。


評価:★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損